繊毛は人体で水流を作るだけでなく、思いがけない重要な働きをしていることが明らかになった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2629)】
ガのワモンキシタバ(Sさんに問い合わせて、種名判明。写真1)、ガのキハラゴマダラヒトリあるいはアカハラゴマダラヒトリ(写真2)、オオシオカラトンボの雄(写真3、4)、未成熟の雄(写真5)、シオカラトンボの雄(写真6)、コシアキトンボの雄(写真7)、シオヤアブの雌(写真8)、ツチイナゴ(写真9)、キジの雄(写真10、11)をカメラに収めました。雄の近くにいたキジの雌は素早く隠れてしまったので、撮影できませんでした(涙)。カルガモ(写真12~14)の母親が子供たちを見守っています。毎日観察している池上均さんによると、今シーズン、この池周辺では5グループの計40羽の子供が育ったが、現在も子育て中は、この2グループのみとのこと。
閑話休題、『太古からの9+2構造――繊毛のふしぎ』(神谷律著、岩波科学ライブラリー)には、思いがけないことが書かれています。
「繊毛とは、たとえば、池などにいるゾウリムシが泳ぐのに使っている、体の周りに生やしたたくさんの細かい毛のことだ。それとほとんど同じ繊毛が私たちの体にもあって、体作りと体の機能にものすごく重要なはたらきをしている。でも、そう聞いてピンとこなかったとしても、無理はない。『ものすごく重要なはたらき』がわかってきたのはこの10年くらいのことで、まだ一般的な書物にはほとんど記されていないのだから」。
「ゾウリムシにもヒトにもある繊毛(英語ではシリア)は、太古の昔から多くの生物に脈々と受け継がれてきた、細胞の基本的構造体である。起源が非常に古いことは、その内部構造から明らかだ。電子顕微鏡が生物学の分野で使われはじめた1950年ごろ、不思議な発見が報告された。繊毛の内部には、2本の細い管(微小管)を9本の管が円筒状に囲んだ奇妙な構造があるというのである。しかも驚いたことに、その構造はゾウリムシでもヒトでも、さらに藻類、イチョウの精子、ハエ、ウニなどでも共通していた。長さは生物の種類や生えている器官によって異なるが、直径はほとんど同じ。そんな特殊な構造が多くの生物で共通して見られるということは、これらの生物の共通祖先が同じものを持っていて、進化の歴史を通して保存されてきたと考えなくては、説明がつかない。この構造は微小管の本数にちなんで『9+2構造』と呼ばれるようになった。繊毛の高速運動と謎の9+2構造に魅了された生物学者たちは、その後さまざまな研究を行なって、生物の運動機能に共通するしくみの解明に貢献することになる」。
「医学分野でも多くの研究が行なわれてきた。人体で古くから知られていた繊毛のはたらきは、水流を作ることである。のどの奥では異物の排除にはたらき、卵巣と子宮を結ぶ輸卵管では卵細胞の輸送を行なっている。脳室では脳髄液の流れを作っている。精子は鞭毛(英語ではフラジェラ)で運動する。鞭毛は繊毛よりずっと長くて1本だけ生えているので繊毛とは別物に見えるけれども、基本的には繊毛と同じものだ。それぞれ、水流が重要なはたらきをしていることは明らかだ。当然、繊毛の機能の本質は水流を作るための運動だと考えられた。ところが、2000年ごろ思いがけない発見があって、繊毛の研究は想像しなかった方向に進むことになる。きっかけは、腎臓が肥大してしまうマウスの突然変異体の原因が、繊毛の形成に関する遺伝子の異常だとわかったことだった」。
「実は以前から、腎臓の尿細管を作っている細胞には動かない繊毛が1本ずつ生えていることが知られていたのだが、その機能はわかっていなかった。シャーレ内で培養した細胞で頻繁に見られるので、不自然な状態で間違ってできる、意味のないものだというのが一般的な考えだった。そのような繊毛は、原始的な繊毛という意味でプライマリー・シリア、日本語では一次繊毛という奇妙な名前で呼ばれている。しかし、繊毛形成の遺伝子に異常が見つかったその突然変異マウスを調べてみると、一次繊毛が非常に短くなっていた。繊毛が短いことが腎臓の肥大に密接に関係しているのに違いない。一次繊毛は無意味なものなどではなく、腎臓の正常な形成に必須なものだと考えらえるようになった。そしてその後すぐ、腎臓だけでなく、肝臓、心臓、神経など、ヒトのほとんどすべての組織で一次繊毛が見つかった。医学や発生生物学の分野の研究者が競うように研究した結果、一次繊毛は水流の向きやホルモンなどの信号を検出するアンテナとしてはたらいているという考えが生まれ、その考えはすぐに定着した」。
「また、網膜の上で光を受容する視細胞や、鼻の粘膜で臭い分子を受容する嗅神経細胞にも、一次繊毛に似た構造がある。一次繊毛がアンテナだと言うのなら、これら視覚や嗅覚の感覚器はアンテナ機能を極度に発達させた繊毛と言ってよい。このように、生物が太古に獲得した繊毛は、今もなお体のいたるところで生命活動に必須の機能を営んでいる。そんな大事な細胞器官であることに、われわれはやっと気がついたのである」。
知的好奇心を激しく揺さぶられる一冊です。