実用文は「起承転結」でなく、「結起承展」でいけ・・・【リーダーのための読書論(46)】
1934年の谷崎潤一郎の『文章読本(とくほん)』以降、今日まで書店に並んだ文章読本は枚挙に暇がないが、『日本語作文術――伝わる文章を書くために』(野内良三著、中公新書)は、類書とは異なり、実に大胆な、小気味よい文章読本である。
本書が対象としているのは、文系、理系を問わず、実務、職場、学術など多様な場面に対応できる汎用性の高い文章、すなわち「実用文」である。そして、ひたすら技術的、実用的な入門書であることを目指している。具体的には、①読み易いこと、②分かり易いこと、③説得力があること――この3つの要件を満たすことだ。
これまで出版された81冊の文章読本から導き出されるのは、次の5大心得だという。①分かり易く書け、②短く書け、③書き出しに気を配れ、④起承転結に則って書け、⑤品位を持て。これに対し、著者は①②には同感しているが、③~⑤にはクレームをつけている。文章読本の憲法ともいうべき5大心得に、これほど明確に反逆している文章読本は珍しい。③については、書き出しが平凡な名文なんていくらでもある、書き出しは素晴らしいに越したことはないが、もっと大切なのはその後だ、どう発展させるかが問題だ、と反論している。④については、起承転結はもともと漢詩の作法であり、実用文では窮屈な起承転結に拘る必要はない、話題を「転じる」のではなく、むしろ「展じる(展開する)」べき、というのだ。⑤に至っては、噴飯ものだと怒っている。古来、品性下劣な人間でも、ひとたび筆を執れば「品位」「品格」を帯びた文章を書く例が少なくない、と厳しい。しかも、この⑤が、「新奇な語(新語・流行語・外来語など)を使うな」、「紋切り型を使うな」、「軽薄な表現はするな」といった禁忌に繋がっていく危険性を指摘している。
それでは、著者独自の作文術の心得とは、いかなるものか。先ず「短文道場」では、「短文は悪文を退治する」のテーマのもと、短文で分かり易く書く具体的な方法が伝授されている。そして、章末に練習問題と解答例が掲載されている。
次の「段落道場」では、対象が「文」から「文章」に進められている。実用文とは「人を説得するために書くもの・書かれたもの」で、説得力のある文章の要件は、①曖昧でないこと(誤読・誤解を誘わないこと)、②難解でないこと(難しい表現や特殊な用語が使われていないこと)、③独りよがりでないこと(不快の念を与えないこと)――である。この3つに共通しているのは「読み手に対する濃やかな気配りである。説得は相手から『同意を取りつけること』である。相手の心を動かすためには、相手に対する思いやりが求められる」と著者が述べているが、全く同感である。このことから「文章の雛形はラヴレター」といわれるのだ。
段落を組み立てる「論証道場」では、演繹法――与えられた確実な前提(法則的なもの)から出発して結論(主張)を引き出すプロセス――と、帰納法――特殊(個々の事例)から出発して、一般化に向かうプロセス――の具体的な応用例が示されている。
最後は、著者の持論である、定型表現を使いこなすための「日本語語彙道場」であるが、著者が収集したオノマトペ(擬声語と擬態語)、慣用句、名言・格言・諺、文章を展開するとき使える便利な表現の宝庫となっている。
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