榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

私のような本好き・書店好き・古書店好きには堪らない一冊・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2691)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年8月29日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2691)

イソヒヨドリの雌(写真1、2)、抱卵中のカイツブリ(写真3~5)、カルガモ(写真6)、トノサマバッタの緑色型(写真7)、褐色型(写真8、9)、ハグロトンボの雄(写真10、11)。雌(写真12)、ベニシジミの夏型(写真13、14)をカメラに収めました。なお、このカイツブリを観察中の池上均さんによると、抱卵を始めて8日目、4個の卵を温めているとのこと。

閑話休題、『ブックセラーズ・ダイアリー ――スコットランド最大の古書店の一年』(ショーン・バイセル著、矢倉尚子訳、白水社)は、私のような本好き・書店好き・古書店好きには堪らない一冊です。

2月――
「(ジョージ・)オーウェルが本屋になることをためらった気持ちはよくわかる。・・・怒りっぽくて気難しい人嫌いの書店主、というステレオタイプは、おおむね事実のようだ。もちろん例外はあって、このタイプにあてはまらない本屋もたくさんいる。しかし悲しいかな、ぼくはまさにこのタイプなのだ。もっとも最初からこうだったわけじゃない。今の店を買う前は、かなり素直で人なつこいたちだったと思う。一日中くだらない質問を浴びせられ、商売はいつも火の車、スタッフとは口論が絶えず、客はしつこく値切ってくる。そのせいでこうなってしまったのだ。どれかひとつでも変えられないかって? 無理だね」。

「(30歳の時)クリスマスで親元に帰省しているあいだに、レオ・ウォムズリーの『スリー・フィーヴァーズ』を探して本屋に入ってみたぼくは、店主と雑談するうちに、面白いと思える仕事が見つからないのだとうっかり口をすべらせてしまった。すると店主は、じつは引退したくてたまらないのだが、この店を買い取ってくれないかねと言ったのだ。そんな金はないと言うと、彼は答えた。『金なんかいらんさ。銀行は何のためにあると思う?』。それから1年足らずの2001年11月1日、31歳の誕生日からきっかり1か月後に、店はぼくのものになった」。

「うちで働いてくれた連中は口をそろえて、ここのお客とのやりとりを書き留めれば本が一冊できるねと言っている。・・・そこで、悲惨な記憶に苦しめられつつ、将来何か書くときの助けになればと備忘録のつもりで、店であった出来事を書きつづりはじめた」。

「ここ15年のあいだ、店にはいろんなスタッフが来ては去っていったが、最近まで少なくともひとりは常勤の従業員がいた。超優秀なのもいれば、どうしようもないのもいたが、ほぼ全員が今でもいい友達だ」。

「(亡くなった人の)蔵書を撤去するということは、その人の存在を完全に破壊することでもある――どんな人間だったかという最後の証拠を自分が消してしまうわけだから」。

3月――
「本物の読書家はほとんどいないが、自分でそう思い込んでいる連中はごまんといる。後者は特に見つけやすい――たいてい店に入ってくるなり自分から『愛書家』を名乗り、『われわれ本を愛する人間は』などと押しつけてくるからだ。そして自分がいかに書物を愛しているかを物語るスローガンがついたTシャツやらバッグやらを身につけているのだが、このタイプを確実に見分ける方法は、けっして本を買わないところだ」。

4月――
「当然ながら、ある人にとって良い本が他の人にとっては駄作ということも多い。すべては主観だからだ」。

「一般的にいって(すくなくともぼくの店では)小説を買うのは今でも大半が女性で、男性はまずノンフィクションしか買わない」。

6月――
「アマゾンは買い手にとってはお得なようだが、売り手に課される過酷な条件のおかげで目に見えないところで苦しんでいる人間も大勢いる――作家はこの10年で収入が急減したし、出版社の利益も激減し、ということはつまり無名作家の本を出すリスクが取れなくなり、いまや仲買業者もいなくなった。アマゾンは競合他社の価格を切り崩すとまではいかないまでも、最安値出品システムに的を絞っているようで、一部の取引ではそもそも利益を上げられる見通しが立たなくなってしまった。これは個人書店ばかりでなく、出版社や作家、ひいては創造性そのものの息の根を止めてしまう。悲しい事実だが、作家と出版社が結束してアマゾンに断固立ち向かわないかぎり、この業界は荒廃してしまうだろう」。

11月――
「午前11時ごろ、10代の少年が恥ずかしそうにカウンターにやってきて、ペーパーバック版の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と代金の2.50ポンドの硬貨をカウンターに差し出した。ぼくが彼と同じぐらいの年で、もがきながら大人になりかけていたころ、この小説ほど強い影響を受けた本はない。サリンジャーが描いた、そこで生きていくことを強いられた社会と折り合いをつけられずにいるホールデン・コールフィールドの人物像は、1951年に初めて出版されてから何十年ものあいだ、数え切れない10代の読者たちから共感されてきたのだ」。

「本日最後のお客――SF小説を何冊か買った若いカップル――は、休みのたびに英国中の古本屋を巡り歩いているのだそうだ。こんな話を聞くと、かすかな希望の光が射した気がする」。

本書を読み終わり、私は本を読むことが大好きな人間なので、本を書いたり、売ったりすることには向いていないことを思い知らされました。