君は、思わず人に話したくなるような面白いストーリーを持っているか・・・【MRのための読書論(64)】
最高の経営書
『ストーリーとしての競争戦略――優れた戦略の条件』(楠木建著、東洋経済新報社)は、私がこれまで読んだ経営書の中で最高の書だと断言できる。500ページという分厚さを感じさせないほど面白く、内容が充実している。この本に出会えて、本当によかったと思う。本来、経営者向きに書かれた本格的な経営書であるが、向上心に燃えるMRは本書から実践的なヒントを得ることができるだろう。MRは企業に所属しているものの、MR活動においては自分の判断で行動せねばならない個人事業主的、経営者的な面を有しているからだ。
本書の魅力
私がこの書にこれほど惹きつけられたのは、3つの理由による。理由の第1は、内容の素晴らしさにある。第2は、自分は経営理論を研究する経営学者であって、企業業績に責任を負う経営者ではないという著者の謙虚さ、潔さだ。第3は、この著者が教え上手なことだ。ビジネススクールでの講義を思わせる語り口で、段階を踏んで理解が進むよう工夫されている。
ストーリーとしての競争戦略
「違いを作って、繋げる」、一言で言うとこれが競争戦略の本質だ、と著者が述べている。「違い」は、競合他社との違いを意味し、「繋がり」は、2つ以上の要素が繋がり、組み合わさり、相互に作用する中で長期利益を実現することを意味している。
著者が目指す「ストーリーとしての競争戦略」は、「繋がり」に軸足を置いている。サッカーに譬えると、相手チームに勝つために、どこのポジションにどういう選手を選び配置するかという問題は戦略を構成する「点」である。配置された選手たちが繰り出すパスがどのように繋がり、ゴールへと向かっていくのかは、点を結びつける「線」の問題だ。サッカーの戦略、すなわち、そのチームの「攻め方」や「守り方」は、いくつもの線で構成された「流れ」や「動き」として理解できる。戦略の実体は、個別の選手の配置や能力や一つひとつのパスそのものではなく、個別のパスを連動させる「流れ」、その結果、浮かび上がってくる「動き」にあるというのだ。つまり、ストーリーとしての競争戦略とは、「勝負を決定的に左右するのは戦略の流れと動きである」という思考様式なのである。
戦略作りの面白さ
先ずは自分で心底面白いと思える、思わず周囲の人々に話したくなる、戦略とは本来そういうものであるべき、というのが著者の主張である。自分で面白いと思っていないのであれば、自分以外のさまざまな人々が関わる組織で実現できるわけがない。ましてや会社の外にいる顧客が喜ぶわけがない。
優れた戦略家は、機会や脅威を受けてある特定のアクションをとるときに、それがストーリー全体の文脈でどのような意味を持つのか、それを取り巻く他の構成要素とどのように連動し、競争優位の構築や維持にとってどのようなインパクトを持っているのかを深く考える。ストーリーという視点がもたらす洞察を基準にして、新しい要素を取り込み、その一方でこれまで手がけていた要素を排除する、こうした微調整の繰り返しで戦略ストーリーは徐々に練り上げられていく。
「キラーパス」を組み込む
戦略ストーリーの骨法が、マブチモーター、スターバックス、アスクル、ガリバー、ベネッセ、デル、アマゾンなどの事例を通じて具体的に説明されていくのだが、最も興味深いのは、「キラーパスを組み込め」という著者独自の極意である。「キラーパス」とは、「一見して非合理」な要素、すなわち競合他社が「何を馬鹿なことを・・・」と冷笑するか、黙殺するような要素を意味している。その後、時間が経過し、その一見して非合理なことをやってきた会社が長期利益を叩き出す。「それだけを見ると一見して非合理なのだけれども、ストーリー全体の文脈では強力な合理性を持つ」からである。
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