インフルエンザウイルスを発見したのは日本人だった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3101)】
【読書クラブ 本好きですか? 2923年10月14日号】
情熱的読書人間のないしょ話(3101)
東京・新宿の日光金谷ホテル・クラフトグリルで開催された東京都立富士高等学校第15回卒の同期会に出席しました。懐かしい顔、顔、顔が揃い、遠い青春時代に戻ることができました。
閑話休題、『インフルエンザウイルスを発見した日本人』(山内一也著、岩波科学ライブラリー)を読んで、インフルエンザウイルスを発見した山内保と、埋もれていた山内保の業績を発掘した山内一也に熱烈な拍手を送りたいと思いました。
医学界では、インフルエンザウイルスを発見したのは英国のクリストファー・アンドリュースのグループで1933年のこととされてきたが、実際は1919年に日本の山内保が先に発見していたことを、山内一也が突き止めたのです。
「(フランスの)パスツール研究所における山内(保)の研究活動が、梅毒、睡眠病、化学療法剤、アナフィラキシー、ツベルクリンという、当時最先端の課題にかかわっていたことを知ることになった」。山内はパスツール研究所で過ごした10年間、最先端の医学にどっぷりと浸かった生活を送ったのです。
「山内は、インフルエンザは濾過性ウイルスにより起こる病気で、プファイフェル菌が原因ではないと主張したのである。・・・病源体と考えられていたプファイフェル菌の接種まで行ったのは、山内だけだった」。
「インフルエンザウイルスは山内らが発見し、アンドリュースらが分離したということになる」。
「(山内は)第二次世界大戦最中の1944年2月13日に死亡し、父親と同じ、高輪薬王寺に埋葬された。63歳だった。(フランス人のマリー)夫人は開戦前にフランスに帰国していた」。