ミトコンドリアは生物の世界を操る陰の支配者なのだ・・・【MRのための読書論(81)】
オンコロジーMRの必修科目
分子生物学の最新情報に通じているMRと、そうでないMRとでは、そのMR活動に大きな差が生じてくるだろう。まして、オンコロジーMRにとっては必修科目といっても過言ではないだろう。
この意味で、『ミトコンドリアが進化を決めた』(ニック・レーン著、斉藤隆央訳、みすず書房)は、少々手強いが、挑戦しがいのある魅力的な参考書である。
ミトコンドリアが細胞内に住み込んだ理由
ミトコンドリアは、かつては自由に生活していた細菌だったが、20億年ほど前、自分より大きな細胞の中での生活に適応し、細胞小器官(特定の仕事だけをする微小な器官)となって現在に至っていることは、よく知られている。すなわち、ミトコンドリアは、共生体(他の生物と互恵的な関係を持つ生物)として宿主細胞(我々の細胞)に住み着いているのだ。
現在では、全生物は3つのドメイン――細菌、古細菌、真核生物(植物、動物、菌類)――に分類されている。真核生物(多細胞生物)は真核細胞(核を有する細胞)でできている。
何とも大胆なことに、著者は説得力のある驚くべき仮説を提唱している。20億年前に、1個の細胞(メタン生成菌という古細菌)が別の細胞(α‐プロテオバクテリアという細菌)を呑み込むことで、ミトコンドリアを収めたキメラ細胞(2種以上の遺伝的に異なる組織から成る細胞)ができたことが、真核細胞の誕生を促した、しかも、このことは、歴史上、たったの1度限りの出来事だったというのだ。
それまで平和に共存していた2つの細胞が代謝の同盟を結ぶことによって、真核細胞を生み出した。ミトコンドリアを取り込んだ結果、細胞内のミトコンドリアでエネルギー生成がなされるようになり、これによって初めて、大型化・複雑化が可能となり、その後の複雑な真核細胞の進化がもたらされたのだ。この画期的な出来事がなかったならば、現在、我々はもちろん、他の知的生命や多細胞生物も存在していなかっただろうと、著者は恐ろしいことを口にしている。
ミトコンドリアは、通常は、1個の細胞に数百から数千個存在し、酸素を使って栄養物を燃やすことによって、細胞が生きるのに必要なほぼ全てのエネルギーを生み出している。このように、ミトコンドリアは細胞の呼吸とエネルギー生成という重要な役割を一手に引き受けているのである。
老化と死をもたらすミトコンドリア
体内の細胞が古びたり傷んだりすると、それらは強制的な自殺、すなわちアポトーシスによって死ぬ。アポトーシスを制御しているメカニズムが機能しなくなると、その行き着く先は、細胞と全身との利害の対立である「がん」ということになる。このアポトーシスはミトコンドリアが司っている。ミトコンドリアが細胞の生殺与奪の権を握っているのである。
また、神経疾患や糖尿病の発症にはミトコンドリアがエネルギー代謝を介して関与しているはずなので、ミトコンドリアに注目すれば、全く新しい治療法の開発が可能になるだろう。すなわち、ミトコンドリアからのフリーラジカル(活性酸素のうち、不対電子を1個有する原子や分子)の漏出量を制御して、アルツハイマー病やパーキンソン病など、加齢に伴う神経性疾患の発症を遅らせることができるからだ。
長生きの秘訣
「長生きしたければ、ミトコンドリアを分裂させよ」と、著者が長寿の秘訣を明かしている。身体活動や精神活動を保つことによって、エネルギー通貨であるATPを消費し、ミトコンドリアにATPを供給させる。エネルギー需要がミトコンドリアの分裂を喚起し、ミトコンドリアに予備力をもたらすというのだ。高齢になっても社会的活動を維持している人は、筋肉での好気性代謝が維持され、神経細胞の活動も活発である。一方、ソファに座ってテレビを漫然と見ながらポテト・チップスを食べるといった生活は、ミトコンドリアに「分裂するな」と言っているようなものである。
戻る | 「MRのための読書論」一覧 | トップページ