榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

白土三平の長篇漫画『カムイ伝』を通じて部落史について考えよう・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3919)】

【読書の森 2025年12月14日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3919)

新・カムイ伝のすゝめ――部落史の視点から』(中尾健次著、解放出版社)のおかげで、部落差別について多くのことを学ぶことができました。

著者は、部落史研究の現状を踏まえ、白土三平の長篇漫画『カムイ伝』に描かれた部落史観を批判的に捉え直すことを試みています(本書の刊行は2009年)。

●カムイは、自分から選んで非人の子に生まれたわけではない。白土は、意図的に、「エタ・かわた」という言葉を避けて、「非人」と表現したと思われる。近世、権力側は「エタ」と呼び、非差別側は自分たちを「かわた」、「長吏」と称した。

●『カムイ伝』の舞台となっている架空の日置藩は、紀伊国と和泉国の境界付近にあったと推定される。

●1950年代の部落史研究者は、目の前にある被差別部落の「貧困」で「悲惨」な生活環境を、歴史的に明らかにしようとの強烈な思いを込めて研究に着手した。残念ながら、史料がなかったため、描かれた部落史では、近世・近代・現代を通して連綿と続く被差別部落の「貧困」と、差別の「きびしさ」が強調された。その影響が『カムイ伝』の各所に見られる。

●<当時の支配者の一方的な都合によってつくられた、差別政策による身分制度によって、社会の最下層に強制的におしやられ、生活上のさまざまの制約をうけ、がんじがらめにしばられていた人びとにとって、他の人のきらう仕事をする以外に、生きる道がすべてとざされていたからだ>。つまり権力者の差別政策によって仕事の面でも規制を受け、人の嫌う仕事以外に生きる道が閉ざされていた、というわけである。この白土により齣外に記された解説の前半は「近世政治起源説」、後半が「貧困史観」で説明されている。ここには、1960年代の部落史研究が、そのまま反映している。

●近年、部落史の研究が進み、近世における被差別部落の生活を、従来の「差別と貧困」のパターンでなく、「生産と労働」の側面から評価しようという動きが一般的となっている。江戸・大坂・京都などの地域では、皮革産業も盛んだし、周辺の「かわた村」では、雪踏づくりなどの手工業生産が活発に行われている。また、そうした生産によって獲得した資金で土地を購入し、農業に積極的に進出している地域も少なくない。少なくとも、近世の被差別部落を「貧困」という視点で捉えることは、明らかに間違いである。もっとも、こうした視点は、1970年代以降の研究によって深められたものだから、1960年代に描かれた『カムイ伝』が、こうした新しい研究成果を盛り込んでいないのは当然である。

本書の随所に挿入されている迫力ある漫画の一部を見ているうちに、『カムイ伝』や『忍者武芸帳』を読み返したくなってしまいました。