榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

左遷された公務員の勝手し放題の突破力・・・【MRのための読書論(87)】

【Monthlyミクス 2013年3月号】 MRのための読書論(87)

公務員とMR

左遷された公務員の勝手し放題の突破力を知ったとて、MRにとって何の役に立つのか。こう思うのはもっともであるが、これがどっこい、多いに役立つのである。公務員もMRも組織の一員という立場は共通している。画期的なアイディアを思いつき、実績に結びつけても、個人のレヴェルにとどまり、なかなか組織で共有するまでには至らない。

痛快な物語

ローマ法王に米を食べさせた男――過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?』(高野誠鮮著、講談社)は、さまざまな障碍を吹き飛ばす考え方と行動のヒントで満ち満ちている。ヒントを得ることは有益だが、それよりも何よりも、この本は笑いあり涙ありの、本当にスカッとする「痛快物語」なのだ。

「若者」と「ブランド」

石川県の能登半島の付け根に位置する羽咋市の豪雪地帯、神子原・千石・菅池集落は、65歳以上の高齢者が人口の半数を超える「限界集落」であった。農家の年間の平均所得が87万円という有様なので、若い人は皆、都市に出て行ってしまう。この状況を根本的に変えようと立ち上がったのが、羽咋市役所・農林水産課の高野誠鮮であった。

彼が先ず取り組んだのが、「限界集落」に若者を呼ぶという作戦である。地元住民の当初の無理解・反対にもめげず、「空き農地・空き農家情報バンク制度」「棚田オーナー制度」「援農合宿」「辺鄙な田舎の隠れ家カフェ」などのプロジェクトで、若者を多く集め、あるいは移住させることで、集落の人たちとの交流を図ることに成功する。「烏帽子親農家制度」の第1号の女子大生の教授への報告は、「先生、携帯はつながらなかったけど、心がつながって帰ってきました」であったという。

次に目指したのが、地元の農作物のブランド化だ。ローマ法王御用達米に認定され、エルメスの書道家が米袋をデザインした「神子原米」、アラン・デュカスとのコラボレーションで完成した神子原米を使った、フランス料理に合う日本酒、人工衛星による神子原米の食味測定、農家経営の直売所「神子の里」、「奇跡のリンゴ」で知られる木村秋則を先生に招いての「木村秋則 自然栽培実践塾」などを次々と手がけ、「生産、管理、販売というサイクルを農家が持ち、希望小売り価格を自分たちで決める」システムを構築していく。この農法で作った安全な農産物だったら、TPPにも勝てる、と意気軒昂である。

ローマ法王の件でも発揮されたように、彼一流のマスコミ活用術も勉強になる。因みに、著者がローマ法王庁大使館で見せてもらった資料には、ローマ法王に献上した最初の日本人は「NOBUNAGA ODA BYOBO(織田信長、屏風)」と記されている。

最大の悪策

「可能性の無視は、最大の悪策」というのが、高野の考え方の基本にある。「これまでいくつもの作戦を練り、実行してきました。失敗もいくつかありました。けれど失敗を怖がっていたら何も出来ないんです。会議ばかりでは何も出来ないんです。立派な分厚い企画書をいくら作っても何も進まないんです。実行あるのみです!」、「地域活性化には定石がないので、何がいちばん正しい方法なのかはわからない。だから、出来ない理由はいっさい考えないで、やれることは全部やってみたんです」、「崖っぷちです。でも、ここで火事場の馬鹿力が出ると思った。自分を信じるしかないと。出来ないと人があきらめていることをやるのが楽しいんです。燃えるんです」、「そういった無謀なこと、軋轢を招いたり、物議を醸すことをあえてやってきたんです。私たちのやり方が正しいとはけっして言わないですよ。でも、それをやらないかぎり、広まらない、売れないと思ったんですよ」――という言葉には、説得力がある。

もう一つ見逃せないのが、物事にはマイナス面だけでなく、プラス面もあるはずだという考え方である。例えば、携帯電話が繋がらない場所では、携帯に邪魔されずに、ゆったりと時間を過ごすことができる、また、過疎地などで農家の手が離れて荒れ放題になっている耕作放棄地こそ宝の山だ――というのである。