自ら奴隷制と闘った奴隷少女の自伝・・・【情熱の本箱(21)】
『ある奴隷少女に起こった出来事』(ハリエット・アン・ジェイコブズ著、堀越ゆき訳、大和書房)は、19世紀の南部アメリカで奴隷少女が味わわねばならなかった苦難と屈辱に満ちた奴隷生活、その後の7年に亘る逃亡、そして遂に自由を手にするまでの自伝である。
著者は、発行時の序文に、「読者よ、わたしが語るこの物語は小説ではないことを、はっきりと言明いたします。わたしの人生に起きた非凡な出来事の中には、信じられないと思われても仕方がないものが存在することは理解しています。それでも、すべての出来事は完全な真実なのです。奴隷制によって引き起こされた悪を、わたしは大げさに書いたわけではありません。むしろ、この描写は事実のほんの断片でしかないのです。・・・わたしは奴隷として生まれ、育てられ、奴隷州に27歳まで暮らしました。・・・経験によってのみ、あの唾棄すべき制度が作り上げた穴が、どれほど深く、暗く、おぞましいものであるかを理解することができるのです。今も迫害を受ける仲間のために、この力足らずの本に、神の祝福が宿りますように」と記している。
1813年、ノースカロライナ州に奴隷の娘として生まれた著者は、好色な医師、ジェイムズ・ノーコム家の所有物として過酷な生活を強いられる。15歳になった著者は、黒人と白人の血が混じっているため色が白く美しかったので、35歳年上の主人から執拗に性的関係を迫られる。
「家畜として生まれたすべての人間に、いずれ必ず忍びよる暗い影が、とうとうわたしに近づいてきたのだ」。
「多くの南部婦人の例にもれず、フリント夫人(女主人)は完全に無気力な女だった。家事を取りしきる意欲はないが、気性だけは相当激しく、奴隷の女を鞭で打たせ、自分は安楽椅子に腰かけたまま、一打ちごとに血が流れはじめるまで、平然とそれをながめていた」。
「不道徳な主人とその嫉妬深い妻と共に暮らすより、いつかは墓の下で休息できることだけを頼りに、一生休みなくプランテーションで綿花を摘みつづけることを、わたしは選ぶ」。
近隣の奴隷所有者の日常が、このように描かれている。「数週間後、(逃亡奴隷の)ジェイムズは捕まり、縛られて、主人のプランテーションに連れ戻された。奴隷監督の気の済むまで鞭で打たせたあと、森に逃亡した期間だけ、ジェイムズを綿繰り機の鉄のつめにはさんで放置することに決めた。この手負いの生き物は、頭からつま先まで鞭で切り裂かれたあと、肉が壊死せず治るようにと、濃い塩水で洗われた。そして綿繰り機の中に押し込められ、あおむけになれないときに横に向けるだけのわずかな隙間を残して、ギリギリと鉄のつめは締められた。(5日後に)圧縮機のねじを開けてみると、そこには、ネズミや小動物にあちこち食べられた死体が転がっていた」。
著者は、奴隷制を痛烈に告発している。「わたしが(21年間)経験し、この目で見たことから、わたしはこう証言できる。奴隷制は、黒人だけではなく、白人にとっても災いなのだ。それは白人の父親を残酷で好色にし、その息子を乱暴でみだらにし、それは娘を汚染し、妻をみじめにする。黒人に関しては、彼らの極度の苦しみ、人格破壊の深さについて表現するには、わたしの筆の力は弱すぎる。しかし、この邪な制度に起因し、蔓延する道徳の破壊に気づいている奴隷所有者は、ほとんどいない。葉枯れ病にかかった綿花の話はするが――我が子の心を枯らすものについては話すことはない」。
「自由か、死にいたるまでは、立ち止まってはいけない」という固い決意のもと、土砂降りの雨が降る真夜中、遂に著者は逃亡を図る。プランテーションから逃げ出した著者には懸賞金が懸けられ、子供2人(息子と娘)は報復のため牢に入れられてしまう。
その時、新聞に掲載された懸賞広告には、こう記載されている。「100ドルの懸賞金 ハリエットという名の奴隷少女を捕獲した者に進呈。21歳の色白のムラートで、身長5フィート4インチ(約162cm)。体格がよく、巻き毛がかった黒髪だが、直毛にもできる。流暢に言葉を話し、愛想よい振る舞いや話し方をする。思い当たる理由も問題もなく、倅のプランテーションから失踪。北部(の自由州)に向かっているものと思われる。同女を拘束、または米国内の刑務所に収監した者に、上述の懸賞金と妥当な範囲の諸経費を支給。同女を隠匿、援助、その他逃亡の幇助をした者には、法により厳しい制裁あり。ジェイムズ・ノーコム」。
「光も空気もほとんど入ってこず、手足を動かす場所もなかったあの薄暗い小さな穴倉で、約7年間を過ごしたというわたしの証言を、読者が信じてくださるとは思わない。しかしこれは事実で、しかもわたしにとっての悲しい現実であり、あの長かった監禁生活のために、精神は言うまでもなく、今も身体が痛む」。
狭い屋根裏に7年間潜んだ後、北部のフィラデルフィアに向かい、ニューヨークで働き始めた著者に、逃亡奴隷法を盾に取るノーコム一族の追手が迫るが、遂に自由の身となる。
刊行された1861年の126年後に再発見された本書が、現在、アメリカのKindleの世界古典名作ランキングで11位を占めているのも頷ける内容である。因みに、10位は『宝島』(スティーヴンソン著)、12位は『ジェイン・エア』(C・ブロンテ著)、13位は『デイヴィッド・コパフィールド』(ディケンズ著)ということだ。