キャパの恋人、ゲルダ・タローはキャパに劣らぬ写真家だった・・・【情熱の本箱(142)】
『ゲルダ――キャパが愛した女性写真家の生涯』(イルメ・シャーバー著、高田ゆみ子訳、沢木耕太郎解説、祥伝社)は、戦場女性写真家、ゲルダ・タローの本格的な世界初の伝記である。
本書の本文と沢木耕太郎の解説によって、多くのことを知ることができた。第1は、ゲルダは恋多き女性だったこと。第2は、3歳年下のロバート・キャパがゲルダに夢中になり、プロポーズしたが拒絶されたこと。第3は、プロポーズが実らなかった後も、二人は戦場カメラマンとして協働作業を続けたこと。第4は、キャパはプロポーズを断られたにも拘わらず、ゲルダの死後、ゲルダは自分の妻だったと吹聴し、他の女性と真剣な恋愛関係を持たなかったこと。第5は、キャパの名を高らしめた「崩れ落ちる兵士」の写真は、キャパでなくゲルダが撮影した作品の可能性が高いこと。第6は、第二次世界大戦後、アメリカで写真家としてさらなる飛躍を期したキャパが、米ソ冷戦体制の中で、協力相手であったゲルダのコミュニストという側面を気遣い、ゲルダの作品も自分の作品として発表した可能性が高いこと。第7は、ゲルダ・タローというアーティスト・ネイムの「タロー」は、親しかった岡本太郎に由来する可能性が高いこと。
「彼女(ゲルダ)を家族の住むドイツという土地から追い立てるように(パリへ)旅立たせたのは、ユダヤ人としての宿命だった」。その後、ゲルダの家族は全員がホロコーストによって抹殺されたのである。
「最もゲルダを知るひとりであっただろうルート・ツェルフがこう言っている。『貞節とか関係維持能力といったものは、ゲルダには備わっていませんでした。友人関係においてはかなり身勝手でした』」。
「彼女とキャパがスペインに来てから6週間以上が過ぎていた。数百キロを移動しながら、彼らはカメラを通して革命と戦争に肉薄しようとした。仲間の写真家ロメオ・マルティネスは、ゲルダは頭の回転が速く、高いモチベーションの持ち主だったという。仕事の取り組み方も細やかで直感的だった」。
「タローはカメラを手段に、戦争という男支配の社会へ飛び込んでいった。彼女の戦争取材に対する決意は、スペインで活動していた他の女性写真家との違いを大きく際立たせることになった」。
「ゲルダ・タローは、政治に対する抗議として戦争を撮った。彼女が現実の戦争の中で撮影した写真は、全体主義芸術が統一的な軍隊や理想的闘士を賛美したのとは対照的である。戦時下の生々しい日常生活の写真や、兵士や一般市民ら普通の人々のポートレートは、死と近代技術を賛美するファシズム芸術に対する反論だった」。
「タローとキャパはよく同じシーンを撮影している」。
「『我々はみなゲルダが大好きだった。(ウォルター)将軍も例外ではなかった。ゲルダは愛くるしく、あどけない魅力と美しさの持ち主だった。我々の師団は全員、この小柄な娘の勇気を讃えた』」。
「(暴走する味方の戦車に轢かれ、瀕死の重傷を負って病院へ)輸送されるあいだ彼女はずっと、腹に手を当てて自分の内臓を押し込んでいた。・・・できるだけ痛みを和らげられるように、ゲルダは十分なモルヒネを与えられた。彼女は一度、意識を取り戻した。そして尋ねた。『私のカメラは大丈夫? まだ新品なのよ』と」。この事故により、ゲルダは26歳という若さでこの世を去ってしまうのだ。
「(ゲルダの葬儀後)キャパが、ゲルダ・タローを真剣に深く愛していたことを表明したのは、(ゲルダの)父親に対してだけではなかった。つまるところキャパは、自分はゲルダと結婚して夫婦だったと思いたかった。そう考えることが慰めとなったのだろう。それどころか彼はやがて周囲に、二人は結婚してからパリへ来たとまで話すようになった。彼はゲルダに出会った早い時期から、彼女と人生を共にするつもりだったと話した」。「(ゲルダの死によって)24歳になったばかりの若者(キャパ)が自分の殻の中に固く閉じこもったこと、それ以降は誰とも強い恋愛関係を結ばなかったこと、多忙な取材記者として一種破天荒な生活を送ろうとしたこと。これらはキャパにまつわる多くのエピソードが示す通りである」。
「(2007年の)『メキシカン・スーツケース』に収められていた写真資料の発見は、ゲルダ・タローに写真史上に確固とした地位を与えた。戦闘の最中での取材活動の末に殉職した最初の女性写真家であるタローは、戦争報道のパイオニアとして大きな影響を与えた。彼女はエスプリとカメラを武器に、時代を注意深く観察した批判的目撃者であった」。「力強い構図、対象への眼差しと距離感、光の効果。改めて認識した。ゲルダは写真家だったのだ」。
これまで、ゲルダはキャパの恋人としての側面ばかりが注目されてきたが、この労作は、勇敢かつ優秀な戦場女性写真家、ゲルダ・タローを生き生きと甦らせることに成功している。これは、快挙である。