榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「提供者」たちを世話する女性介護人が辿り着いた恐るべき真実・・・【情熱の本箱(213)】

【ほんばこや 2017年10月17日号】 情熱の本箱(213)

カズオ・イシグロという作家は以前から気に懸かっていたが、これまで作品を手にするまでには至らなかった。今回のノーベル文学賞受賞を報じる記事を見て、これは読まなくてはと書名を控えた一冊の本がある。『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著、土屋正雄訳、ハヤカワepi文庫)が、それである。

1日半かけて読み終わって感じたことが、3つある。第1は、深刻なテーマでありながら、感傷に流されることなく、淡々と綴られていること。第2は、最初から最終ページまで、31歳のキャシー・Hという女性の「わたし」が記憶を思い起こしながら語る形が採用されているが、ストーリーテリングが巧みなため、緊張感が常時、保たれていること。第3は、この著者は小説という文学形態の力、価値を確信を持って信じている人間だなと思わされたこと。

思い出の前半部分では、「わたし」がヘールシャムという特殊な施設で、同期生のトミー、ルース、その他の仲間たちや「保護官」と呼ばれる教師たちと過ごした日々が回想される。この施設が何とも奇妙な所で、生徒たちには毎週、健康診断が実施され、異常なほど図画工作に力を入れた授業が行われている。

思い出の後半部分では、「わたし」がヘールシャムを卒業後、「提供者」と呼ばれる人々を世話する介護人となってからの経験が語られる。

不可解な謎を覆い隠しているヴェールが一枚一枚剥がされていく。そして、最後の最後に至って、遂にヘールシャムの恐るべき真実が明らかにされる。

完成度の高い小説に久しぶりに出会えた幸せを噛み締めている私。