榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

イスラエル建国の根拠とされたユダヤ人のパレスチナ追放は史実ではなかった・・・【情熱の本箱(214)】

【ほんばこや 2017年10月21日号】 情熱の本箱(214)

ユダヤ人の起源――歴史はどのように創作されたのか』(シュロモー・サンド著、高橋武智監訳、佐々木康之・木村高子訳、ちくま学芸文庫)は、ユダヤ人に関する常識を根底から覆す驚きの一冊である。

驚きの第1は、ユダヤ人がイスラエル建国の最大の根拠としてきた「紀元70年に父祖の地・パレスチナから追放された」という主張は史実ではないということ。

ユダヤ人がアラブ人との激しい戦いを覚悟してまで、パレスチナにイスラエルを建国したのはなぜか。紀元70年に祖国が滅亡したため世界各地に離散せざるを得なかったユダヤ人にとって、かつて祖国があったパレスチナの地に自分たちの国を再建することは1800年余に亘るユダヤ人たちの夢であった。パレスチナこそユダヤ人がユダヤ教の神から与えられた『約束の地』だからである。ユダヤ人とユダヤ教は分かち難く結びついている。ユダヤ教という心の支えがあったからこそ、自らの国を持たぬが故の迫害と苦難に耐え、異民族の間に埋没せずにユダヤ人として存続することができたのである。しかるに、著者は、その精緻な検証作業によって、イスラエル建国の最大の拠り所、歴史的正当性を根こそぎ崩壊させてしまったのである。

「エルサレムのヘブライ大学最初の歴史学の専門家であったイツハク・ベーアやベンツィオン・ディヌールは、第二神殿の破壊とともにいかなる追放措置もとられなかったことを正確に知っており、彼らは『追放=離郷』の開始を紀元7世紀まで、すなわちイスラム教徒による征服の時期まで押し下げていた」。しかし、この7世紀の追放も史実ではなかった。「歴史上の証拠はそのような追放の痕跡をまったく残していないのである。かつてユダの国と呼ばれたパレスチナは、アラビア半島の砂漠から押し寄せてきた――そして、土着の住民を追い出したとされる――多数の移住者の嵐によって地上から消し去られはしなかった。征服者によるいかなる計画的な政策も、自分たちの土地に執着するユダの農民たち――ヤハウェを信ずる者も、イエス・キリストの教えと聖霊に従うようになった者もふくめ――の追放や離郷をもたらすことはなかったのだ」。すなわち、ユダヤ人は紀元70年にも7世紀にも追放されていなかったのだ。祖国喪失と追放は史実ではなく、近代の創作であることが暴かれたのである。

驚きの第2は、世界中に散らばったユダヤ人は起源を同じくする単一の民だという概念は、ユダヤ人たちを結束させるための虚構であったこと。

アーサー・ケストラーの主張が肯定的に引用されている。「ホロコーストを生き延びた世界のユダヤ人の大部分は東欧出身であり、したがって、主としてハザール(帝国)の出自をもつ者といえよう。この意味は、これらのユダヤ人の祖先は、ヨルダン川の岸辺の出身者ではなく、ボルガ川流域平原の出身者だったということ、また、カナンの出身者ではなく、アーリア人種の揺籃の地であったカフカスの出身者だったということである。遺伝的には、彼らの祖先は、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫よりも、むしろフン族やウイグル族やマジャール人と近いつながりがあるだろう」。

26年前に読んで衝撃を受けた『ユダヤ人とは誰か――第十三支族・カザール王国の謎』(アーサー・ケストラー著、宇野正美訳、三交社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)の著者の名前に再会するとは思ってもいなかったので、本当に驚いた。同書の中で、ケストラーは、現在のユダヤ民族の大部分は旧約聖書に登場するユダヤ民族とは何の関係もない人々だと喝破していたのである。因みに、東欧系のユダヤ人は「アシュケナージ」、アラブ世界出身のユダヤ人は「セファルディ」と呼ばれている。

驚きの第3は、イスラエルは、国内に現に居住している人々のための国家ではなく、飽くまでも全世界に散らばっているユダヤ人たちの祖国だという強硬な姿勢が、国内の非ユダヤ人に対する差別をもたらしていること。

「閉鎖的な『(ユダヤ)種族的』実体を堅持し、市民人口の4分の1を占める、宗教上の戒律や『歴史』に照らしてユダヤ人とみなされないアラブ人その他の市民を排除し差別しつづけているために、この国では絶えず緊張が作りだされている。いつか将来、それは国を修復困難なまでに激しく分裂させかねない」。

それだけでなく、イスラエルは、1967年の第3次中東戦争で占領した地域に入植地建設を進めてきた。占領地のユダヤ化という既成事実を積み上げようという作戦である。この入植地の存在が和平への障害となっていることは周知の事実だ。著者はこのイスラエルの植民地政策を厳しく批判している。

予て私は、かつて祖国があったパレスチナは自分たちの土地だとユダヤ人が主張することに正当性があるのか、疑問を感じてきた。この私見は暴論と言われるだろうが、生活を営んでいるアラブ人を追放することになるパレスチナの地ではなく、ホロコーストに対する償いとしてドイツに平和的に割譲させたドイツの一角にイスラエルを建国するという方法を取れなかったものだろうか。

ユダヤ人とアラブ人の遺伝子が非常に類似性の高い関係にあることが記されている。「2000年11月、イスラエルの代表的な日刊紙『ハアレツ』に、アリエラ・オッペンハイム教授がエルサレムのヘブライ大学の研究グループと共同でおこなった研究についてのリポート記事が載った。メディアがこの研究にとくに注目した理由は、その驚くべき内容のためだった。この研究グループは、『アシュケナージ』と『セファルディ』をふくむユダヤ系イスラエル人と、『アラブ系イスラエル人』とパレスチナ人とでは、男性Y染色体の変異パターンに驚くべき類似性があることを発見したのだ。結論は、パレスチナ人口の3分の2とほぼ同じ比率のユダヤ人が、8000年前に生きていた共通の3人の祖先より発しているというものだった」。何ということだろう、激しくいがみ合っているユダヤ人とアラブ人のルーツは一つだったのである。