シンドラーズ・リストの真実・・・【リーダーのための読書論(2)】
アカデミー賞の7部門を制したスティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』は映画史上に名を残す感動的な作品であるが、その原作である『シンドラーズ・リスト』(トマス・キニーリー著、幾野宏訳、新潮文庫。出版元品切れ)は、その中に盛り込まれている情報の質と量において映画を凌駕している。
本書では、第二次世界大戦下のポーランドにおけるナチスのユダヤ人迫害の実態が鬼気迫る生々しさをもって描き出されている。ユダヤ人たちが、ドーベルマンを連れたナチスの親衛隊員たちによって家畜のようにゲットー(ユダヤ人が隔離・居住させられた区域)から追い立てられ、理由も告げられずにその場で射殺される場面。寒気厳しい深夜、惨めな家畜用の貨車でアウシュヴィッツ収容所に運ばれてきたユダヤ人の女囚たちが、激しく吠えたてるドーベルマンと、不気味に回転する探照灯に照らし出された巨大な影絵のような建物の威容に息をのみ、恐怖と絶望にとらわれる場面。その直後、警棒を手にした若くて逞しい親衛隊の女子隊員たちに命令され、着ているものをすべて脱いでシャワー室に追い込まれる場面。どの場面も、強烈な衝撃に圧倒される。
ユダヤ人迫害は重要な要素ではあるが、本書の主題ではない。これは、ナチスという強大な組織に、上辺は従順を装いながら敢然と挑戦し、個人の力で1200人を超えるユダヤ人を死の運命から救った実在の人物、オスカー・シンドラーの行動の記録なのである。本書に記録されている会話の大部分と出来事のすべては、シンドラーに救われた「生き残り組」のユダヤ人たち、シンドラー自身とその周辺の人たち、シンドラーのユダヤ人救助活動の目撃者たちの詳細な証言と回想に基づいている。
私たちが最も興味をかき立てられるのは、ドイツ人で、しかも実業家として一旗揚げようとポーランドの都市クラクフへやってきて、ナチスとの軍需契約のおかげでぼろ儲けをしていたシンドラーが、なぜ、莫大な私財をユダヤ人救助作戦に惜し気もなくつぎ込んだのか、それも、自分自身がアウシュヴィッツ送りにされる危険を冒してまでユダヤ人を救おうとしたのか、という点ではないだろうか。
抜け目のない実業家で、美食家で、女たらしで、一流品好みで、金遣いの荒い、快楽主義者の見本のような人間であったシンドラーに、いったい何が起こったというのだろうか。この問いに対する解答は本書の中に示されている。
後年、シンドラーの妻のエミーリェがテレビ局のインタヴューに応えて、棄てられた妻の恨みや悲しみをいささかも感じさせることなく、「戦前のオスカーは何ら驚くべきことをしなかったし、それ以後にしても、特に人より優れたところのある人間ではありませんでした。ですから、世界が荒れ狂った1939年から1945年までの短い期間に、隠れた能力をいや応なく引っ張り出してくれる人々に出会ったのは、彼にとって幸運なことでした」と語ったことは、私たちに人間という存在の不思議さを考えさせる。
本書の中に、ナチスの崩壊を熱望していたシンドラーが、ラジオ放送で、ヒトラー暗殺計画が実行に移されたが、失敗に終わったことを知って、落胆する場面がある。ナチス打倒を計画していたクラウス・シュタウフェンベルク陸軍大佐による、この事件の全容は『ヒトラー暗殺計画』(小林正文著、中公新書。出版元品切れ)に詳しい。
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