榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

チンギス・ハンに学ぶ逆境から立ち上がる方法・・・【リーダーのための読書論(11)】

【医薬経済 2008年2月1日号】 リーダーのための読書論(11)

800年前、誰もが身分と信仰にがんじがらめにされていた中世の真っ直中で、人種も身分も宗教も超えたグローバルな人類史上最大にして最強の帝国を築いた男、チンギス・ハン。しかし、彼は戦闘で常に勝ちを収めたわけではない。何度も敗れて逃走した。自らが傷ついたこともあれば、全軍壊滅の惨敗を喫したこともある。史上の英雄でこれほどしばしば負けた者は珍しい。このような状況にもかかわらず、チンギス・ハンが最終的に勝ち残れたのは、勇気と幸運に恵まれ、的確な情報・知識を提供してくれる支持者・共感者を持っていたからである。

世界を創った男 チンギス・ハン』(堺屋太一著、日本経済新聞出版社、全4巻)は読者をハラハラ・ドキドキさせる。彼の逆境から立ち上がる生き方が、私たちに勇気と希望を与えてくれる。

史上最大の成功者ともいうべきチンギス・ハンの発想は、常に、「目指す理想・理念(ヴィジョン)」→「現実の概念(コンセプト)」→「実現する筋道(シナリオ、ストーリイ)」→「象徴的手段(シンボル)」という段階を踏む。事業を成し遂げるには、先ず明確な理念が必要である。何のために何をするのか、目的をはっきりさせることが第1だ。事業の目的は、正直で単純で明快なほどよい。第2には、その理念を実現する形と気持ちの概要、つまり概念を明確に描くことだ。この事業は、どういう人々をどう組織して、どういう方法でどういう規模で、どう実行していくのかのおおよそを示すのである。事業を成功させるには、この理念と概念とがきっちりと合致しており、人々を奮い立たせる精神的喜悦や技術的な満足を感じさせねばならない。第3は、それが成功に至る筋道を想定することだ。究極的な成功を求める者は、入り難くとも出易い道筋を選ばねばならない。第4には、事業参加者に理念と概念を深く印象づけ、正しく認識させるための象徴が必要となる。「なるほど、これをやるのか。それならこうだな」と思わせるような組織、施設、行事あるいは計画を作るのだ。

チンギス・ハンは、経済的な利益や自らの文化・文明の普及、あるいは独自の信仰の布教のために世界征服をしたのではない。逆に「人間(じんかん)に差別なし、地上に境界なし」の天地を広げるために、天尽き地果てるまでの征服を企てたのだ。この「人間に差別なし」は、人種、言語、身分、宗教、文化、年齢に関わりなく能力と貢献度によって役割と権限が得られる平等無差別の社会を意味している。そして、その成功の基盤に、彼の命令一下、迅速忠実に動く絶対王制的な「組織」と、広範な情報を迅速に入手し、彼が発した命令・情報を広範囲に散らばっている部下たちに迅速に伝達する「情報力」があったことを忘れてはならない。

組織の盛衰――何が企業の命運を決めるのか』(堺屋太一著、PHP文庫)は、組織の一員である私たちが学ぶべき多くの示唆に富んでいる。世界構造が変わり、歴史の発展段階が転換しようとする今のような時代には、これまでの経験と経緯を離れた観察と思考が必要だというのだ。

「出世だけを目的とした小ずるい利口者は、大抵まず一度は批判派に回る。それも明確な反対ではなく、問題点を並べて慎重な検討を求める曖昧な批判だ。これだとその事業が成功した時にも、功を分かち合うことができる」といった警句的表現に魅せられてしまう。