榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

オシムが日本に残したかった痕跡・・・【リーダーのための読書論(40)】

【医薬経済 2010年7月1日号】 リーダーのための読書論(40)

イヴィツァ・オシムはサッカー選手として超一流であった。監督として超一流であった。そして、人間としても超一流の人物である。オシムが日本代表監督となった時から極身近で接してきた通訳の手に成る『オシムの伝言』(千田善著、みすず書房)は、オシムの魅力を余すところなく描き出している。類書の中で群を抜いている。

この本は洒落た構成になっている。2006年7月の日本代表監督就任から退任、入院、リハビリまでの2年半が時系列で記録されているが、それぞれに「挑戦」「人生」「魔法」「誇り」「コミュニケーション」「リスク」といったタイトルが付けられ、オシムの語録が添えられている。オシム一流の味わい深い言葉は、サッカー関係者だけでなく、私たちにも知的な刺激を与えてくれる。

「誇り」では、「勝つことには、さまざまな要素が含まれている。ただ結果として、勝ってしまえば、そういうことが見えない。敗北は最良の教師である、と言われる通りだ。だが、『だから明日の試合で負けたい』とは私は言えない」という言葉が記されている。

「リスク」では、「リスクを冒さないサッカーは、塩とコショウの入っていないスープのようなものだ」、「規律を守ることとリスクを冒すことは矛盾することではない。規律を守りながら、いつ、どこでリスクを冒すかアイデアがなければならない」という言葉が挙げられている。

「教師」では、「リスクを冒して失敗したらそれは褒めてやった。その代わり、同じ失敗は繰り返すなよ、と言った。そうすると選手は成長する」。

「プロ」では、「また同じ間違いを繰り返すならば、間違いだと気がついていないのか、修正することができないかのどちらかだ。少なくともプロとしてはふさわしくない」、「バルセロナのグァルディオラ監督が、イブラヒモビッチやメッシにシュートの仕方を教えられるだろうか? 選手のほうがうまい。監督の仕事とはそういうものではない。選手とどちらが上手かを競争することではなく、助言で選手をレベルアップさせることだ」。

「凱旋」では、「大事なのは同じミスをしないこと。それを学ぶことが経験を積むということだ。玄関を出入りするときに毎回つまずいて、転びそうになるならば、それはドアが悪いのではなく、つまずく方に問題がある」、「監督が現役のときはこうしたものだという話を聞くのを現役の選手は嫌がる。選手は昔話は嫌いなものだ」。

「生命力」では、「私をアドバイザーとして要請してくれたことに感謝する。日本語はあまりできないが、覚えた言葉の中に『がんばれ』という言葉がある。『戦え』という意味だ。今度は、私が皆さんに『がんばれ』という番だ。がんばらなくては前進しない」。

オシムが目指したサッカーは、「走力とチームのための献身的なプレー、自分を犠牲にして味方を生かす、というような考え方から基礎を固めて、次にその質を高めていく」というものだ。また、監督については、「監督は試合に出ることはできない。試合がはじまれば監督が打つ手は限られる。だから、試合の準備として、自分の知恵を振り絞って最高のアイデアを盛り込んだトレーニングを考える」と述べている。サッカーは人生に何とよく似ていることか。

「オシムが日本にいた痕跡を残したい」というオシムの思いは、十分に叶えられていると思う。