子宮頸がんワクチンの接種を躊躇っている女子とその家族には、ぜひとも読んでほしい作品・・・【リーダーのための読書論(73)】
『医者に問う!』(草木一八著、Kindle版<電子書籍>)を一気に読み通してしまった。
これほど私を夢中にさせたのは、本書の中に3つの要素がバランスよく融合しているからだ。
第1の要素は、子宮頸がんワクチンを接種すべきか否かという医学的・社会的テーマ。
主人公・流山光(40歳)はマーリーク製薬のMR(医薬情報担当者)で、基幹病院の藤野西総合病院を担当している。少々独り言が多いが、アイディア豊富な、なかなかの頑張り屋で、好成績を上げている。ところが、多忙なMR生活が災いして、一人娘の中学の花(14歳)は、ろくに口も利いてくれない。そして、父親が力を入れている製品だというのに、子宮頸がんワクチンの接種を躊躇っている。
仕事が順調な中、突然、一家に異変が生じる。何事も支えてくれている妻の夏香(40歳)が、突然、子宮頸がんのステージⅢと告知されてしまったのだ。一旦は快方に向かうが、再発、転移に見舞われ、若くして命を落としてしまう。
「夏香は、深刻な顔をして花を見た。『花、もう一つお願いがあるんだ』。『うん』。『パパ、子宮頸がんのワクチン・・・』。『HPVワクチン』と流山がフォローする。『そう、そのワクチンを接種してくれないかな』。『絵』。『まま、あれから、花の7ことを考えていたんだ。子宮頸がんはね、ヒト、ヒトピ?』。『ヒトパピローマウイルス』。『そう、それ、そのウイルスに感染することが原因でしょ』。『知ってる。学校からもらった冊子で見た』。『遺伝じゃないことは理解できたでしょ? それにワクチンを打てば、かなり予防ができるんだよ』。『でも遺伝しないなら別に・・・。それに、みんな副作用が危ないって言うし』。『そんなことないよね、パパ』。『副反応は一万人に数人だな。それにワクチン接種が原因なわけじゃない。ネットでいろいろ言われているけど・・・』。すぐに夏香が流山の言葉を遮って、『ネットや友達より、その冊子は正しい情報を載せているだろうし、それにパパの言うこと、信じられない?⑦』。『パパが花のためにならないことをさせると思う?』」。
「座談会も終盤になり、座長の後藤は締めの言葉を発する。『今後は、小児科医がしっかりと子宮頸がん予防のHPVワクチンの有用性を説き、オーストラリアのようなHPVワクチン接種先進国のようになっていくべきしゃないでしょうか』」。
「リビングで、夏香と花が話している。今日は、花がHPVワクチン接種の日だった。流山は、花には内緒で病院に行き、遠くから様子を見ていた。無事に接種が終わり、ほっとしてたところだ。花は、注射は少し痛かったが、普通の注射と変わらない印象だったと言っている。接種前に、ワクチンのパンフレットをしっかり読んで、夏香とも一緒に調べたようだ。オーストラリアやカナダ、イギリスでは、同世代の女子の八割が子宮頸がん予防のHPVワクチンの接種をしている事実を知り、改めて接種してよかったと安堵している。ワクチンの接種は通常は三回。残りあと二回だ」。
「夏香の余命は三カ月と宣告された。堀川が主担当に戻ってから、抗がん剤を少しずつ減薬し、なるべく苦衷を抑えられるような治療方針に変更された。痛みや嘔吐する回数が目に見えて減っていく」。
「『(MRは)医者の小間使い、だよ。俺たちはただの売り子。つぐづく思う』。『でも、花は、パパがMRじゃなかったら、ワクチンの接種をしてないよ、きっと』。『そうかな』。『正しくパパが情報を伝えて喜ぶ人もいるじゃないの?』。『医者は、ネットで調べるよ』。『みんな、そう思っている?』。『ネットやAIだけで、全部ができるわけない。情報提供には、その時々に必要なタイミングだったり、人間の想いが必要なときもある。そんなとき、血が通った人間じゃないとダメだと俺は思っているよ』。『じゃ、ただの小間使いじゃないね。子宮頸がんのワクチンだって、もっと知ってもらえれば、私みたいな人間を減らせるんじゃない?』」。
第2の要素は、製薬企業のMRとはどういう仕事で、どういう苦労や喜びがあるのかという仕事面・企業面のテーマ。
長いMR経験、そして本社のプロダクト・マネジャー経験もある私から見て、上司・同僚・後輩との関係、本社のプロダクト・マネジャーとの関係、医師との関係など、MRの実態が臨場感豊かに再現されている。
第3の要素は、夫婦・家族とは何かという人生論的なテーマ。
誰にとっても人生は一度きりだから、仕事の面でも、家庭生活の面でも、後悔しないように最善を尽くそうよ、と語りかけてくる。
3つの要素のどれを重視して読んでも読者をがっかりさせない本書だが、子宮頚がんワクチンの接種を躊躇っている女子とその家族、接種を拒否している女子とその家族には、ぜひとも読んでほしい作品である。この意味で、電子書籍だけでなく、紙の書籍としても刊行してほしいものだ。
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