榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

製薬企業のMRのあり方を考えるときの事例研究として最適な企業小説・・・【リーダーのための読書論(72)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年4月24日号】 リーダーのための読書論(72)

MR(エム・アール)』(久坂部羊著、幻冬舎)の魅力は、3つにまとめることができる。

第1は、製薬企業のMR(医薬情報担当者)の世界を俯瞰することができる。新薬開発、治験進行、研究助成金、専門学会の講演サポート、治験の統計処理、専門誌への論文掲載、薬価基準算定、新薬採用工作、コンプライアンス違反、副作用対応、医療事故、販売中止、社内の派閥抗争、女性MRへのセクハラ――などを織り込みながら、物語が展開していく。MRを目指そうという人にとっては、生きたガイドブックとなるだろう。

第2は、製薬企業の幹部、中間管理職、MR、大学病院、基幹病院の医師たちが繰り広げる人間ドラマ、企業小説として愉しむことができる。善人、悪人の色分けがいささかはっきりし過ぎの嫌いはあるが、製薬企業の死命を制する診療ガイドラインへの収載を巡るライヴァル企業との激烈な競争、駆け引きは、医師の手に成るだけあって臨場感に溢れていて、自分も登場人物の一員かのような気分にさせられてしまう。

第3は、製薬企業のあり方、中間管理職のあり方、MRのあり方を改めて考えるときの事例研究として活用することができる。この意味で、製薬企業関係者必読の一冊と言えるだろう。

製薬企業の三共(現・第一三共)での20年に亘るMR経験、その後の17年間のMR育成・支援・指導、そして、MR派遣・業務受託業のCSO・イーピーメディカル(現・EPファーマライン)で7年経営を担当した私にとっては、個人的にいろいろと考えさせられることの多い一冊であった。

本書の重要なテーマの一つである高脂血症(脂質異常症)治療薬の第1号、プラバスタチン(商品名メバロチン)のプロダクト・マネジャーとして、企業戦略策定に深く携わった経験を持つからである。

また、MRとしては、大学病院、基幹病院、開業医において、ライヴァル企業と激しい処方獲得競争を展開してきたからである。私の場合は、患者第一主義を胸に、医師、薬剤師が必要としている情報の提供、彼らとの信頼関係の構築に努めたが、自らが編み出した数々のアイディアが業績向上に貢献した時の高揚感が鮮明に甦ってくる。