榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

人は何のために働くのか・・・【続・リーダーのための読書論(11)】

【ほぼ日刊メディカルビジネス情報源 2012年1月19日号】 続・リーダーのための読書論(11)

経営学者としての徂徠

荻生徂徠(おぎゅう・そらい)は、江戸時代中期に古文辞学という儒学(宗教ではないので、「儒教」でなく「儒学」と表現する)を提唱した儒学者として、どの教科書にも登場するが、『荻生徂徠の経営学――祀(まつり)と戎(つわもの)』(舩橋晴雄著、日経BP社)は、徂徠を儒学者でなく経営学者として捉えている点で、貴重な一冊である。

軍事とビジネス

軍事もビジネスも、競争相手に勝つことを最大の目的としている。

文禄・慶長の役において、戦国の世で鍛えられた百戦練磨の豊臣秀吉配下の日本軍が明・朝鮮軍に敗北した原因は、日本軍には各将が現場の知略を引き出して戦う「軍略(戦術)」はあったが、一定の大方針の下に軍隊を命令どおりに動かす「軍法(戦略)」がなかったことだ、と徂徠が指摘している。

徂徠が著した軍学書『鈐録』には、戦国武将の通信簿が記載されていて興味深い。最上等の星3つは上杉謙信、毛利元就、豊臣秀吉、徳川家康、加藤清正、星2つは武田信玄、織田信長となっており、石田三成、小西行長は星1つと手厳しい。

著者は、「社会や経済や産業や技術の変化、これらはある時突如として起こるものではない。何がしかの力がマグマのように蓄えられ、それが時に一挙に噴出するのである。この地下で起こっている変化をいち早く察知し、それへの対応を怠らなかった者が競争の勝者となるのだ」という考え方を、徂徠の発想の中に読み取っている。

そして、「成果主義の導入は、職場を荒廃させ、働く者のプライドを打ち砕き、ヤル気を失わせた」、「企業を育てる気のない『企業検察官』の増殖は、無闇に組織の相互牽制・相互監視を強調するもので、これらが必要以上に肥大化している」と厳しく指摘している。「企業検察官」は著者の造語で、コンプライアンス・オフィサー、内部監査室、監査役、外部監査人などを指している。この指摘に深い共感を覚えるのは、私だけだろうか。

何のために働くのか

人は何のために働くのか。徂徠と著者の回答は明快である。「快感である。そして最も快さを覚えるのは、自らが何ものかを自らの力で達成したことを実感した時である」。もはや徂徠と著者は精神的に一体化しているように見える。