著者とほぼ同世代の私なので、懐かしさが込み上げてきました・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3275)】
雨中の花見。東京・隅田川沿いではソメイヨシノ(写真1)、ミヤビ(写真2)が、千鳥ヶ淵ではソメイヨシノ(写真3~5)が咲いています。因みに、本日の歩数は13,881でした。
閑話休題、『昭和の青春――日本を動かした世代の原動力』(池上彰著、講談社現代新書)の著者・池上彰は私とほぼ同世代(私より5歳下)なので、彼の青春風景は私のそれとかなり重なっており、懐かしさが込み上げてきました。
とりわけ印象深いのは、●東大の真面目な女子学生がデモで死んだ、●補助的な役割しか与えられなかった女性社員、●テレビドラマで知るアメリカの豊かな生活――の3つです。
●東大の真面目な女子学生がデモで死んだ
「(1960年)6月15日になると、全学連主流派の東大と明治大学の学生が先頭を切って国会内に突入しました。このとき、デモ隊と警官隊の激突のなかで亡くなったのが樺美智子さんです。樺さんは東大文学部の学生でした。当日は大学のゼミに出席した後、デモに参加していました。彼女の死は『民主主義のために真面目な東大の女子学生がデモで死んだ』と、日本中に大きな衝撃を与えました。世間に『真面目な女子学生』との印象を与えた樺さんですが、実は共産主義者同盟の活動家でした。全学連は『警官隊に殺された』と主張する一方、警察側は『国会突入の際にデモ隊が将棋倒しになり、彼女はその下敷きとなって圧死した』と発表し、両者の言い分は食い違っています」。この事件には、本当に衝撃を受けました。
●補助的な役割しか与えられなかった女性社員
「女性は企業に入社すると男性社員よりも早く出社して、男性たちが出社してきたらお茶を出すのが役割でした。完全に男性の補助役としての役割が求められていました。そして結婚が決まり上司へ報告すると、『おめでとう。で、いつ辞めるの?』と必ずいわれました。女性の就職は寿退社が大前提になっていたのです。この頃、フジテレビの女性アナウンサーの定年は25歳でした。つまり短大を卒業して20歳で入社し、25歳になったら辞める。25歳定年は女性アナウンサー限定で、男性アナウンサーには適用されませんでした」。私が入社した三共(現・第一三共)も同様でした。
●テレビドラマで知るアメリカの豊かな生活
「アメリカのドラマを見ているとみんな広大な家に住んでいて、キッチンには巨大な冷蔵庫があり、自家用車を乗り回していました。薪で風呂を沸かしている日本の庶民の生活ぶりとは段違いです。視聴者はそんな夢のような生活ぶりに圧倒され、『アメリカってこんなに豊かなんだ』と憧れを募らせたものです」。まさに、そのとおりでした。