オバマはケネディを超えられるか・・・【MRのための読書論(38)】
MRとオバマ
バラク・オバマが大統領としてジョン・F・ケネディを超えられるかは、その任期が終わった時に結論が得られるだろう。しかし、ケネディが登場した時に負けないほど期待が高まっているのは確かだ。その期待感はオバマのスピーチによるところが大きいと思う。
MR活動の大部分は、ドクターに対するディテーリング、プレゼンテーションで成り立っている。MRがオバマのスピーチに学ぼうとするとき、『オバマ演説集』(『CNN English Express』編集部編、朝日出版社)が役に立つ。
オバマのスピーチ
オバマが何を考え、それを聴衆にどう伝えようとしているのかを知るには、彼の肉声を聴くのが一番である。本書に添付されているCDには、当時無名であったオバマが全米の注目を浴びるきっかけとなった2004年民主党大会基調演説「大いなる希望」をはじめ、ヒラリー・クリントンとの激しい民主党大統領候補指名争い中の演説、民主党大統領候補指名受託演説「アメリカの約束」、大統領選勝利演説「アメリカに変化が訪れた」が収録されている。オバマの声は力強い張りのあるバリトンで、説得力がある。そして、山場に差しかかると間を空けて、聴衆を惹きつける。彼の英語が聞き取れなくても心配はいらない。本書は英語と日本語の対訳となっており、語注も付いているからである。
オバマのスピーチが魅力的なのは、レトリック、すなわち文章表現の効果を高めるための技法が上手に活用されているからだ。例えば、「私は今夜、彼らにこう言います。自由主義的なアメリカも保守的なアメリカもありはしない――あるのはアメリカ合衆国なのだと。黒人のアメリカも白人のアメリカもラテン系のアメリカもアジア系のアメリカもありはしない――あるのはアメリカ合衆国なのだと。我々は一つの国民であり、我々皆が星条旗に忠誠を誓い、我々皆がアメリカ合衆国を守っているのです」のように、「出演=役を演じること」というレトリックが使用されている。ケニアからの黒人留学生とカンザス州出身の白人女性との間に生まれたオバマ自身が、モザイク社会と形容される多民族国家アメリカを体現していることをアピールしているのだ。
また、「世界は何を見るでしょう? 我々は世界に何を伝えるのでしょう? 我々は何を示すのでしょう?」や「我々はこう言います。こう願います。こう信じます」のように、疑問文やそれに対する回答を3回繰り返す「反復」というレトリックも用いられている。
さらに、「キーワード」というレトリックが大きな効果を上げている。フランクリン・ルーズベルトの「ニューディール」や、ケネディの「ニューフロンティア」に倣い、「hope(希望)」「change(変化)」「American promise(アメリカの約束)」「Yes we can(我々にはできる)」といったキーワードが多用されている。
オバマの魅力
今なお米国民から敬愛されているエイブラハム・リンカーンのゲティズバーグでの有名なスピーチの一節、「a government of the people by the people and for the people」を引用して、「建国から200年以上経った今でも、人民の人民による人民のための政治はこの地上から消え去ってはいないのだということを、彼ら(オバマの支持者たち)は証明してくれたのです。これはあなた方の勝利です」と、格調高く感謝の意を表している。
一方、「今夜の私の胸に去来するのは、アトランタで自らの一票を投じた一人の女性の物語です。アン・ニクソン・クーパーさんは106歳なのです。彼女が生まれたのは奴隷制が終わってからわずか一世代後で、その当時、彼女のような人は二つの理由から投票を許されませんでした。一つは彼女が女性だからであり、もう一つは皮膚の色が理由でした。そして、クーパーさんは生きて目にすることができたのです。女性たちが立ち上がって率直な意見を訴え、投票権を手にする姿を。そうです、我々にはできるのです(Yes we can)」と、名も無い人たちへの目配りも忘れていない。
オバマ大統領の今後の活躍に刮目していきたいと思う。
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