榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

シンプルに生きると、本当に人生が豊かになるのか・・・【MRのための読書論(68)】

【Monthlyミクス 2011年8月号】 MRのための読書論(68)

シンプルな生き方

『シンプルに生きる』を初め、シンプルな生き方を勧めるドミニック・ローホーの著書が相次いで出版されているが、忙しいMRから「一冊、読むなら?」と問われた場合は、『シンプルリスト――ゆたかな人生が始まる』(ドミニック・ローホー著、笹根由恵訳、講談社)を薦めることにしている。なぜなら、それぞれの目的ごとに、著者自身が実際に作成しているリストが例示されているなど、具体的かつ実践的な書となっているからだ。

具体的なリスト

著者は、こう語っている――「自分の人生は自分がいちばんよく知っている。だから、自分の人生をこと細かなリストにして、それを省みるなんて時間の無駄だ」と思うかもしれません。しかし、これは十分にやってみる価値があることなのです。人生のリストを作ることは、言うならば人生をまとめて見渡すパノラマヴィジョンを作ることです。このパノラマは、私たちの人生がどのように展開してきたのか、その原因から結果に至るまでを、明快に示してくれます。

さらに、「リストを作ることは、整理することです。リストはシンプルにものごとを考えるためのツールなのです。行動したこと、感じたこと、夢――どんな小さなことでも書きとめていくことで、人生観を研ぎ澄ますことができます」と述べている。

例えば、日々、人生を楽しむために、そして、毎日を大切に生きていくために、「かけがえのない瞬間のリスト」を作ろうと呼びかけているが、そのリストの実例として、●理想的な一日とはどういう一日か、●日常にある楽しみの時間(ショッピング、パーティー、瞑想など)、●単調な日常を忘れさせてくれる楽しみ、●外出予定(映画、同窓会など)、●休暇中にすることの予定(旅行など)――が挙げられている。

また、著者にとっての幸せな瞬間というのが書き出されているが、この中に「降りしきる雨を眺めながら、バッハを聴く」、「雪降る露天風呂」というのがあり、これらは正に私の幸せな瞬間でもあるので、思わず頷いてしまった。

「本当の自分と向き合うためのリスト」の中の「不快に思っている相手に言えるなら言いたいこと」、自分のために書いて、書いたら捨てる「『ゴミ箱』行きのリスト」の中の「恨んでいる人」、「復讐の方法」や、「『ささやかな楽しみ』リスト」の中の「自分が体験した魔法のようなひととき」などからも明らかなように、リストは自分をコントロールする力を与えてくれる。リストを作ることで、これまで自分の中でごちゃまぜになっていたことが整理され、大切なものが何なのかを意識できるようになるのだ。

シンプルな読書

実名を名乗っての厳しい書評で知られる小谷野敦の『バカのための読書術』(小谷野敦著、ちくま新書)は、シンプルな読書を考えようとするとき、外せない一冊である。

難しい本をどうしたらいいか、というテーマについて、難しくて分からない本は、読まないのが賢明だというのである。「ドゥルーズとガタリの『アンチ・オイディプス』という分厚い本に挑戦したが、むりやり読み終えたあとには頭がぼおっとして、かつ何も記憶に残っていない、というひどさだった。ドゥルーズの『差異と反復』も、結局通読してわからなかったし、リオタールの『ポストモダンの条件』もわからなかった。アドルノの『否定弁証法』は、途中で投げ出した。私はいつしか、この種の西洋難解思想書の類を読むのをやめていた」と、著者は正直に述べているが、これほど率直なのも珍しい。この体験を踏まえて、「ほかにもっと読むべきものがあるからで、読んでもわからないものをむりやり読むのは、時間の無駄である」と断言している。

「私の『知的生活の方法』」、「入門書の探し方」、「書評を信用しないこと」、「歴史をどう学ぶか」、「『文学』は無理に勉強しなくていい」など、この書は、どの章も読み応えがあるが、中でも、世評の高い、いわゆる名著にも容赦のない「本邦初『読んではいけない本』ブックガイド」と、著者独自の選択基準による「バカのための年齢、性別古今東西小説ガイド」は出色である。