患者に向き合ったとき、ドクターは何を、どう考えているのか・・・【MRのための読書論(73)】
ドクターの思考回路
ドクターとのコミュニケーションが、その仕事の大きな部分を占めるMRにとって、ドクターの思考回路を知ることは重要な意味を持つ。この観点から注目に値する書が出版された。ドクターの手に成る『医者は現場でどう考えるか』(ジェローム・グループマン著、美沢惠子訳、石風社)である。著者のジェローム・グループマンは、ハーヴァード大学医学部教授で、がん、血液疾患、エイズ治療の第一人者である。
著者の臨床体験
「本書は、患者を診察するときに医師の頭の中で何が起こっているかに関する探索の書である」と著者が述べている。この本を書こうという思いは、「3年前の9月のある朝、インターン、研修医(レジデント)、医学部学生の一群を連れて回診しているとき、不意にやってきた」。回診後、会議室に戻り、問題について話し合うのを常としているが、「とても頭のいい、愛想のいい医学生、インターン、レジデントたちは、的を射た質問をしたり、注意深く相手の話を聞いたり、鋭く観察することに関しては、ほとんどが落第生だった。彼らが患者の問題についてあまり深く考えていないことに私は気づいた。つまり、臨床的な謎を解き、人間のケアをすることの教育方針に深刻な欠点があると感じた」からである。
「瞬時の判断における思考メカニズム」、「医師の感情と診断ミス」、「家族の愛が専門家を覆す」、「前例のない症例に向き合う」、「大量データによるミスとエラー」、「病でなく人を治療する」といった各章で、著者自身の臨床体験と著者が見聞した臨床事例が、失敗例も含めて具体的かつ率直に語られる。
診療のパートナー
「私は30年間、医師をしているが、患者について考えるときは伝統的な情報源の助けを借りてきた。教科書や医学雑誌を読み、私より深い、あるいは幅広い臨床経験を持つ恩師や同僚に相談し、鋭い質問をする学生やレジデントと話してきた。しかし、本書を書いて気がついたのは、さらに私の思考の向上を助けてくれる掛け替えのないパートナーがいるということである。そのパートナーは、適切かつ焦点の合った質問をするだけで、医療ミスを招く認識エラーの連鎖から私を守ってくれる。臨床判断を行う際にも、その人は現場にいる。そのパートナーとは、私が何を考えているのか、私がどう考えているのかを知ろうとする私の患者であり、患者の家族またはその友人である」というのが、著者の信念だ。虚心に患者と向き合い、患者の物語を聴き取ろうと努める謙虚で真摯な一人のドクターがここにいる。
患者にとって、ドクターが何を考えているかが分からないと、ドクターとうまくコミュニケイトできないが、このことはMRにも当てはまる。また、患者がドクターに質問すること、さらに、ドクターのような思考法で考えることも可能だが、このこともMRが心に留めておくべきことだろう。
製薬企業との関係
「医療市場の怪物――マーケティングとお金と医学的決断」という章は、米国の製薬企業にとって、かなり厳しい論調で書かれている。強引なMRも登場するなど、耳が痛い事例が多いが、私たちも海外の事例だからとの知らんぷりは許されないだろう。
著者は、「良い治療法は、健全な製薬産業の産物でもある。以前は不治だった多くの病が、今は新薬のおかげで治せるようになった」と製薬企業の功績 を認めているが、「しかし、医師と患者が治療法を決定する際には、双方が何を必要とし、何を目標としているのか考慮すべきであり、効用(ベネフィット)とリスクを認識しながら治療法を選択すべきである。その選択は、製薬会社の金銭的な利益ならびに企業マーケティングによるバイアスとは無縁であるべきだ」と手厳しい。
返す刀で、「医学を天職としてではなく、ビジネスとして考える」医療体制にも警告を発している。
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