がんは進化する、がんは運である・・・【MRのための読書論(152)】
大学講義の書籍化
『こわいもの知らずの病理学講義』(仲野徹著、晶文社)は、著者の大阪大学医学部の病理学講義を書籍化したものであるが、前半は病理学の基礎知識、後半は「病の皇帝」がんの成り立ち、進化の解説が占めている。
老化と死
「生きていくというのはどういうことか。病理学総論的に考えてみたいと思います。ごく健康に生きているように見えていても、我々は、我々の臓器は、そして、我々の細胞は、常に外部からなんらかの攻撃をうけていることがおわかりいただけたかと思います。そして、それに対応して、『人みな骨になるけれど』、なんとか正常な状態を保とうと、いろいろなメカニズムを駆使してやりくりしている、というのが、生きているということなのです。病気というのは、細胞の働きがいろいろな傷害をまかないきれなくなって破綻した状態、という言い方ができます」。人間は老化と死からは逃げられない、というのだ。
がんの発症
がんの増殖について。「正常な細胞だって増殖します。そうでないと、我々の体は維持できません。しかし、正常な細胞には、過不足なく必要なだけ増殖させるようにコントロールするメカニズムが備わっています。腫瘍の細胞が『過剰に』増殖する、というのは、そのような正常な制御を逸脱して増え続けてしまうということです」。「なんとか医師の『がんもどき』理論というのがありますが、私から言わせれば理論というより愚論です。・・・『がんもどき』といってもいいような状態があることは否定しません。しかし、(がんは)進化するのですから、その状態でいつまでも留まっているとは考えられないのです」。
良性腫瘍と悪性腫瘍の違いについて。「大きな違いは、もともと発生した場所である原発巣から、どれくらい広がりやすいか、にあります。局所的に周りへと侵入していくのが浸潤で、遠く離れた場所に腫瘍を新しく作るのが転移です」。浸潤と転移が悪性腫瘍の特性なのだ。
がん遺伝子とがん抑制遺伝子について。「がん遺伝子というのは、その発現が過剰になる、あるいは、その構造が異常になることによって悪性腫瘍を引きおこすような遺伝子です。・・・がん遺伝子が発がんのアクセルならば、がん抑制遺伝子は発がんのブレーキです」。「アクセルがはいるだけでは不十分で、ブレーキ系も壊れなければ、がんにはなれないのです」。
がんの進化について。「がんは体の細胞に生じた突然変異、それも、数個の突然変異が重なって初めて発症するものです。また、これまでに調べられた悪性腫瘍のすべてはクローンである、すなわち、たった1個の細胞の子孫である、ということがわかっています。以上、ふたつのことをあわせると、1個の細胞に突然変異が生じ、さらに変異が蓄積していくことによって、最終的にがんになるということになります。また、いくつもの変異が一度に生じるのではなくて、時の経過と共に段々と蓄積していくことによって完成していきます。ですから、生物の進化とまったく同じような意味で、がんも進化していくのです」。
サブクローンについて。「悪性腫瘍は、1個の細胞からできてくるからといっても、できあがった腫瘍の細胞がすべて同じ性質というわけではありません。もともとは1個の細胞が起源なのですが、がんは突然変異の頻度が高いため、その結果、少しずつ異なった性質を持った細胞群、サブクローンの集まりになっているのが普通です。似てはいるけれど、よく見ると、いくつもの少しずつ違った種類の悪い顔をした細胞が集まっている、といったところでしょうか。抗がん剤によって一旦治ったように見えても、再発してくることがあります。こういった場合の多くは、その抗がん剤に耐性を持ったサブクローンのがん細胞が増殖してきています。そして、その困った性質である薬剤耐性は、新しい突然変異によって獲得されていることが多いのです」。
悪性腫瘍が成立する要因について。「30年以上にわたる、がんの分子生物学的な解析から、悪性新生物を性格づける遺伝子は、次のように、ごく大まかに6つの種類に分けるとわかりやすいと考えられています。①成長シグナルの自給自足(=アクセルが入りまくった状態)、②成長抑制シグナルに対する不応性(=ブレーキが壊れた状態)、③アポトーシスの回避(=アポトーシスのメカニズムがうまく働かず、腫瘍細胞が増加する)、④(正常な細胞の分裂回数は有限だが、腫瘍細胞ではテロメラーゼが活性化されているため)無限の細胞複製能、⑤(腫瘍に酸素と栄養を供給する)血管新生、⑥浸潤能と転移能」。
がんの一生
「検査で見つかるような悪性腫瘍になるまで、1センチメートルくらいに育つまでには、おそらく10年以上かかると考えられています。・・・最初のうちは、ドライバー遺伝子に突然変異が生じたとはいえ、がんとは言えないような状態で、増殖もそれほど速くなかったはずです。変異が蓄積するにつれて、次第に増殖が速くなっていき、最終的に浸潤能や転移能などを獲得していくのです。そのように進化するには、長い年月がかかるわけです。・・・どれくらいのドライバー遺伝子変異が必要かというと、最も少ない白血病で2~3個、ほとんどの固形がんでは6個程度とされています。ランダムな変異であるにもかかわらず、ドライバー遺伝子にそれだけの数の突然変異が蓄積しなければならないのですから、運――がん細胞にとっては生き残るための幸運、人間にとってはがん細胞が増えてしまう不運――があるはずです。突然変異は基本的にランダムに生じるのですから、ドライバー遺伝子に変異がはいるかどうかも運次第ということです。がんへの道を歩み始めても、すべてが立派ながんに育つのではないはずです。どれくらいの率かはわかりませんが、多くのがん細胞、あるいは、がんに育ちうる細胞は免疫監視によって排除されているはずです。言い換えると、ものすごく強い悪運をもったがん細胞だけが特殊に進化してどんどん増殖し、臨床的に問題になるがんに育っていくのです」。
「さて、発見されると、がんにとっては厄災が始まります。手術、放射線、古くからある抗がん剤、あるいは、分子標的療法など、ありとあらゆる手段で攻撃されるわけです。完全に取り除かれる、あるいは、殺されてしまうと、がんの一生はそこで終わりです。しかし、必ずしもそうなるとは限りません。手術では切除しきれない場合もありますし、抗がん剤による化学療法や分子標的療法では殺しきれないこともあります」。分子標的薬を初めとする治療にも、十分ページが割かれている。
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