榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

DNAは自己変革能を持っているというのは、真実か・・・【MRのための読書論(76)】

【Monthlyミクス 2012年4月号】 MRのための読書論(76)

東大教授の講義

東大合格を目指して厳しい受験勉強をすることなく、東大教授から分子生物学の講義が受けられるとしたら、それも最先端の知見がふんだんに盛り込まれている講義だとしたら、何と素晴らしいことだろう。

この願いを見事に叶えてくれるのが、『自己変革するDNA』(太田邦史著、みすず書房)である。

分子生物学の復習

先ず、「二重らせんの秘密」の章で、「変化」を内包するDNAの構造についての講義が行われる。次の「DNAの代謝」と「ゲノムDNAのプラットフォーム」の章は、DNAの複製・修復・組み換えと、染色体に関する講義だ。ここでは、「トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)」などの抗体医薬、「イマチニブ(商品名:グリベック)」などの分子標的医薬も紹介されている。これらの章は、分子生物学を学ぶ際の基礎部分、あるいは復習部分と言えるだろう。

そして、最後の「生命の多元性と社会」の章では、DNAと人間社会の関係について、著者の熱い思いが語られている。

DNAは不変・静的か

この一連の講義の圧巻は、「クロマチン、エピゲノムとDNAの自己変革能」の章である。ここでは、驚くべきことが次々と述べられる。

遺伝子の本体であるDNAは生命の設計図ともいうべきものだが、実は、不変の静的な存在ではない、というのだ。近年、遺伝子の配列を変えずにその発現を制御する「エピゲノム(後天的遺伝情報)」のさまざまな働きが明らかになりつつある。物事には、大抵、幹になるような大枠があって、そこから細かいことが派生する。DNAに関しても、このような「本則」と「例外則」を意識した捉え方をすることが重要だと、著者が指摘している。例えば、遺伝子=DNAの配列という本則を先ず理解した上で、後天的な遺伝情報継承の仕組みであるエピゲノムという概念を例外則として捉えてほしいというのである。なお、「エピジェネティクス」という学問分野は、遺伝子発現パターンが何らかの後天的な仕組みによって細胞分裂を経ても維持される仕組みを明らかにしようとするもので、近年、研究が非常に盛んになっている。

ここでは、山中伸弥の「iPS細胞」や「ピオグリタゾン(商品名:アクトス)」、「ロシグリタゾン(商品名:アバンディア)」、「5-アザシチジン」にも筆が及んでいる。

ここまでのことは最新の類書にも書かれているが、この著者は、さらに先に進んだ仮説を提起しているのである。

DNAの自己変革能

著者は、「DNAは環境に応じて、自らをしなやかに書き換えている」、「『組み換え』や『複製』などの変異を自ら進んで起こす性質を化学的構造に内蔵している」、すなわち、「DNAは自己変革能を持っている」と主張しているのだ。最近、この考えを支持する研究成果が多く報告され始めているというのだ。

この主張が意味しているのは、変異の仕組み、寿命や老化をコントロールする要因にDNAが関与していること、がんとはDNAの自己変革能が制御不能になって暴走している状態であること――などである。

ダーウィン進化論への反逆

 
著者は、さらに重要なことに言及している。

ダーウィン以降の現在の進化論では、ラマルクの仮説を否定して、「獲得形質は遺伝しない」ことになっているのに、DNA配列の変化に伴い、「環境が子孫のDNAに影響する」というのだ。このことは分子レヴェルで示されているという。生物は、多様性と適応性を求めて絶えず変化するという戦略を採用しており、この戦略はDNAに刻み込まれている、というのが著者の大胆な結論である。

これだけ内容が新しく、充実していて、しかも分かり易い分子生物学の本は、そうそうないと思う。