榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

若者たちのペイパルというスタートアップ企業から数多くの創業者が生まれたのはなぜか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3068)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年9月11日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3068)

東京・練馬の大泉学園駅を出た所で、満面笑顔の牧野富太郎に出会いました(写真1、2)。1926年、富太郎は妻・壽衛と大泉に移り住み、壽衛没後も、1957年に94歳で死去するまで住み続けました。トイ・プードル(雄。写真3)にも出会いました。

閑話休題、『創始者たち――イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』(ジミー・ソニ著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)は、若者たちのペイパルというスタートアップ企業から数多くの創業者が生まれたのはなぜかを追究したドキュメントです。

1998年にピーター・ティールとマックス・レヴチンが共同創業したコンフィニティは電子財布の提供を、1999年にイーロン・マスクが創業したX.comはあらゆる金融サーヴィスを統合するハブを目指したが、どちらのアイディアも時代の先を行き過ぎていました。そこで、生き残りを懸けて両社が行き着いた先が電子メールによる送金だったのです。両社は死闘を繰り広げた末に、苦渋の合併を選択します。

合併後も、高い現金燃焼率、2度の社内クーデター、ロシア・マフィアによる組織的詐欺、規制問題、クレジットカード会社との敵対、イーベイとの激闘など、次から次へと問題が降りかかってきます。

これらの困難を乗り越えて、今や、ペイパルはマスターカード、ヴィザと並ぶ巨大企業に成長しています。そして、ペイパルの初期メンバーからは、多くのIT企業創業者――マスク、ティール、レヴチン、リード・ホフマン、ジョード・カリム、チャド・ハーリー、スティーヴ・チェン、デイヴィッド・サックス、ジェレミー・ストップルマン、ラッセル・シモンズ、プレマル・シャー ――が輩出し、彼らはペイパル・マフィアと呼ばれています。

個性豊かな若き俊英たちが、同じ屋根の下で、時に激しくぶつかり合いながら、さまざまな問題に「正解」を出していく過程は、実に痛快で感動的です。ペイパルの成功は、一人の天才の功績ではなく、メンバーたちの生産的な切磋琢磨から生まれたのです。 

「(ペイパルの)歴史のさまざまな瞬間に、さまざまなメンバーが、会社を救う重要な突破口を開いた。それらが一つでも欠けていたら、会社全体が破綻していたに違いない。またペイパルの重要な功績の多くは、集団の生産的な切磋琢磨から生まれた。プロダクト、エンジニアリング、営業の各チーム間のせめぎ合いが、珠玉のイノベーションを生み出した。初期の歴史は衝突と軋轢に満ちていたが、『本当の機能不全に陥らないように、お互いを個人的、感情的に害しないよう気をつけていた』とエンジニアのジェームズ・ホーガンは言う。ペイパルでは不協和音が発見を生み出した。この生態系を――当事者たちの生産的な融合を、彼らが立ち向かった困難を、立ち会ったテクノロジーの歴手的展開を――私はなんとしても理解したかった」。

「これらの(著者の)調査を通じて、これまで語られることのなかったペイパルの物語があらわになった。コンフィニティとX.comの合併話が難航し、決裂しかけたこと。ペイパルが重要な転機に何度も崩壊しかけたこと。ペイパルのインターネット技術が大混乱の中で生み出され、今日のインターネット環境をかたちづくるようになったいきさつ・・・。数年間の調査から浮かび上がったのは、野心と発明、試行錯誤の物語である。この苦難の時代が新世代の起業家たちを生んだ。殻らがのちに創り出していくものには、ペイパルの刻印がくっきりと押されている。だが最初の勝利――ペイパルの成功――は、簡単なものではなかった。ペイパルの物語とは、破綻寸前に次ぐ破綻寸前の展開が続く4年間の波乱の旅なのだ」。

ビジネス成功の重要なヒントが得られるだけでなく、653ページの最初から最後まで人間臭いドラマが生々しく展開される波瀾万丈のノンフィクションとしても愉しめる一冊です。