住友銀行の実力派会長を退陣に追い込んだ男の手記・・・【情熱的読書人間のないしょ話(612)】
我が読み聞かせヴォランティア・グループが主催するクリスマスおはなしかいスペシャルに参加しました。子供たちの明るい受け答え、歓声、合唱が木霊し、公民館のホールにファンタジック・ワールドを出現させました。
閑話休題、『住友銀行秘史』(國重惇史著、講談社)は、住友銀行の内幕を渦中にいた中堅幹部が赤裸々に綴ったものですが、3つの点で類書とは隔絶しています。
第1の点は、たった一人――著者と同期のY(大塚支店長)――を例外として、著者を含め全ての人物が実名で登場していることです。
企業の裏面史がこれほどあからさまに語られ、これほど多くの人物が実名で登場する例を、私は他に知りません。関係者に衝撃を与えたことは想像に余りありますが、この実名主義が本書のリアリティを最大限度まで強めていることも確かです。
第2の点は、著者が手帳に克明に書き記したものが基になっているため、本来なら外からは窺い知れない不祥事が詳細に時系列で白日の下に晒されていることです。
大蔵省とマスコミに内部告発状を送ったのは著者であることが本書で告白されており、著者らの水面下での働きによって実力派会長とその股肱の部下たちは遂に退陣に追い込まれます。
「日銀と接触を始める一方で、私は、大蔵省の土田銀行局長に出してきた『Letter』を、住銀の役員に対してもまとめて送ることにした」。
「カネ、人事、すべてがいいように操られていく。ひ弱な(住銀の)エリートたちが彼(イトマンの常務・伊藤寿永光)の手の上で右往左往している。誰も止められない」。
「これからやるべきこと ①巽頭取が孤立しないようにする、②巽頭取が磯田会長に決断を迫る道具を用意する、③巽頭取が磯田会長に決断を迫ったとき、行内でそれを是認するコンセンサスを作る。この方向でがんばろう」。
「早くと願っていたことであり、遅すぎると焦り、地団駄を踏んでいた私だった。そのために、彼を苦しませ、傷つけたであろうことにまで手を染めた。だが、いざそのときが来てみると、なぜだろう、苦かった。それほどまでに、権力の頂点にあった人物を引き摺りおろすのは重いことだった。今の住友は十字架を背負っている。その原因となった人物は責任を取るべきなのだ。頭では理解している。だが・・・。自ら手を下したことが実現した今、喜びや達成感というよりも、苦さがこみあげ、そして穴がぽっかり開いたような寂寞感はその後もあった」。
第3の点は、大企業における派閥抗争の激しさ、人事を巡る権謀術数の凄まじさが臨場感豊かに再現されていることです。
私も大手製薬企業時代に派閥抗争の真っただ中に身を置いた経験があるので、読み進めつつ、とても他人事とは思えませんでした。
同時に、権力は腐敗するということを再認識させられました。
世にも稀な一冊と言えるでしょう。