お互ひ(い)によくも人間に生(ま)れて来たものだ、二度とは生(ま)れないのだし、仲よくしようよ、・・・【ことばのオアシス(106)】
【薬事日報 2012年12月7日号】
ことばのオアシス(106)
お互ひ(い)によくも人間に生(ま)れて来たものだ、二度とは生(ま)れないのだし、仲よくしようよ、そして力いつ(っ)ぱい生きようぢ(じ)や(ゃ)ないか。
――尾崎一雄
貧乏ユーモア小説『暢気眼鏡(のんきめがね)』などで第5回(昭和12年)芥川賞を受賞した私小説(心境小説)作家・尾崎一雄の『随筆集 玩具箱』(文化書院)の『人間信頼』の一節。
「そんなことを理窟なしに感じさせてくれる小説が欲しい。文学は、人生に於(い)てそんな役目を果たし得る大きな仕事の一つだと思ふ(う)」と続く。
昨今の芥川賞受賞作品を目にしたら、尾崎は何と言うだろうか。
『暢気眼鏡・虫のいろいろ 他十三篇』(尾崎一雄著、高橋英夫編、岩波文庫)に収められている『暢気眼鏡』『芳兵衛』『燈火管制』『玄関風呂』などの短篇には、著者自身と14歳年下の二番目の妻との貧乏生活が正直にユーモラスに描かれている。
「そうかしら。だけど三円だって二円だっていいわ。そしたらねえ、二階のあるうちを借りてね、百燭の電気をつけて、あなたに小説書かしてあげる。百燭の電気は明るいよオ」と、貧乏作家の夫に無邪気に言う芳兵衛(妻・芳枝に夫がつけた渾名)。結婚の経緯は、「痩せた雄鶏」によれば、「何ものをも疑わぬ芳枝の天真さに深く打たれたのだった。学校では運動選手だったという五尺二寸に十四貫の、溌溂と清潔な十九の肉体、――しかし、その魅力だけだったら、緒方(=尾崎)は動かなかっただろう。彼は三十三になっていた」ということだそうだ。
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