榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

歌川広重の魅力満載の、大人も楽しめる絵本・・・【山椒読書論(21)】

【amazon 『歌川広重』 カスタマーレビュー 2012年3月25日】 山椒読書論(21)

歌川広重――名所絵で名をはせた浮世絵師』(大石学監修、西本鶏介文、野村たかあき絵、よんで しらべて 時代がわかる ミネルヴァ日本歴史人物伝)は、子供向けの大型の絵本であるが、大人も十分楽しめる。

「東海道五十三次」「名所江戸百景」「武陽金沢八勝夜景」「阿波鳴門之風景」「木曽路之山川」などの浮世絵の風景画で知られる歌川広重(「安藤広重」は、武士時代の「安藤」と浮世絵師時代の「広重」の組み合わせなので、現在は「歌川広重」と表現される)の一生が絵と文で描かれているが、簡にして要を得ている。

江戸幕府お抱えの火消同心という武士の家に生まれながら、浮世絵師になった背景、浮世絵の中でも、美人画、武者絵、小説の挿し絵でなく、風景画を目指した理由、風景画の先輩浮世絵師・葛飾北斎に対する思い、酒が好きで、人付き合いがよく、宵越しの金は持たないという江戸っ子気質だったこと、「東海道五十三次」の中で三大傑作とされている「沼津(静岡県沼津市):黄昏の薄明かりの中を急ぐ旅人と青い空に浮かんだ月を描いている」、「蒲原(静岡県静岡市):雪の降らない場所を敢えて雪景色で描き、旅の切なさを表現している」、「庄野(三重県鈴鹿市):峠道で俄雨に追われる旅人の動きを鮮やかに捉えている」の見所、フィンセント・ファン・ゴッホが浮世絵を好み、広重の絵を模写したり、自分の絵の背景に浮世絵を描き込んだりしたこと――にとどまらず、広重が生きた江戸時代後期の教育、文化、庶民の楽しみ、同時代に活躍した浮世絵師にまで、筆が及んでいる。とても子供向けの絵本とは思われない充実ぶりだ。

「東海道五十三次」の55枚の絵は、いずれも見応えがある。私は、「沼津」、「蒲原」、「庄野」だけでなく、活気溢れる「日本橋」、強引な旅人留女から逃れようとする旅人の表情が漫画的な「御油」、強風に笠を飛ばされ、慌てて追う人の動きがアニメーションのような「四日市」、名物の干瓢作りに精を出す女たちが微笑ましい「水口」も気に入っている。折に触れて、本棚から画集を引っ張り出して、癒やされている。こういう掛け替えのない絵師を持てた私たちは、何という幸せ者だろう。