浮世絵が素晴らしいだけでなく、解説が頗る洒脱なので、最高の画文集に仕上がっている・・・【山椒読書論(718)】
『浮世絵が語る 江戸の女たちの暮らし』(藤田誠著、髙木まどか監修、グラフィック社)からは、江戸の女たちの暮らしぶりが生き生きと伝わってくる。
浮世絵が素晴らしいだけでなく、解説が頗る洒脱なので、最高の画文集に仕上がっている。
例えば、「秋の終わりのお酉さまには――名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣」(歌川広重<初代>)は、こんなふうだ。「つまり、こんなシーンではないでしょうか。大店の番頭さんが『ちょっと浅草の酉の市に行ってくるからね』とか言って出かける。そこで買った簪を手土産にして馴染みの遊女を訪ねる。土産だよとか言って渡された簪を遊女が一つ髪にさしてみる。『似合うかしら。まあせっかちだわね』とか言いながら、さしたばかりの簪を置いて肌を合わせているのが屏風の向こう側。どうですかねえ。こんな感じじゃないですかねえ。(中央に描かれている)猫は寝子に通じて、遊女にイメージが重なります。年季が明けるまで外に出ることもできない遊女の切なさ辛さを、猫に代弁させているのではないでしょうか。猫の絵です。でも猫の絵じゃないんです」。
「隅田川は屋形船でいっぱい――両国夕すずみ」(歌川国貞<三代豊国>)は、こうだ。「遠景を見ますと、両国橋には大勢の人出、川には何艘もの船が出ています。まだ陽があるうちは、日差しを避けるために、両国橋の橋桁に船をつなぐ者もいたようです。多くの提灯をぶら下げた大型の屋形船も見えますね。あの中は、三味線を弾いて歌を歌ったり、踊りを披露したりと賑やかだったことでしょう。花火が上がっています。江戸の花火はまだ一色でした。多色になるのは明治になってからです。夕涼みに贅沢な舟遊びの女性たち。ちょっと声をかけたくなるのが人情ですよね」。
「蚊が入ってしまって――風俗三十二相 かゆそう 嘉永年間かこゐものの風ぞく」(月岡芳年)は、見ているこちらまで痒くなってしまう。「蒸し暑い夏の夜、はだけた浴衣から白い豊かな胸をあらわにし、蚊帳(かや)の中からにじるように這い出してきた美人図です。なんて色っぽいのでしょう。艶かしい色香が漂います。ほつれた髪、体のねじれ具合、表情、特に口や眉の形に『痒い~』という困った感じがよく出ています」。
「艶っぽい仕掛け満載本の最初の見開き――『逢夜雁之声』より 艶本を眺める後家」(歌川豊国<初代>)は、かなりエロティックである。「後家が艶本を読んでいる作品です。つまり、未亡人が春画の本を読んでいるというものです。かなりきわどい作品です。・・・注目したいのは机の下。なんと大人のおもちゃが3つほどありますね。右側の箱に入っているものは男性に装着させるもの、真ん中のは張り型、つまり一人で楽しむもの、左は女性同士で同時に楽しむものです。なかなかバリエーション豊かなコレクションです」。
「歌麿アプリを通して見ると――寛政三美人」(喜多川歌麿)、「夏の夜のほのかな明かり――三十六佳撰 蛍狩 天明頃婦人」(水野年方)、「これからあがるところです――美人行水之図」(鳥居清満)、「ありのままを描き出し、パラダイムシフトを起こした絵――『伝神開手 北斎漫画』より 風呂屋」(葛飾北斎)も、鑑賞し甲斐がある。