榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

平家一門の滅びの運命を予感した平知盛の苦悩・・・【山椒読書論(549)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年4月10日号】 山椒読書論(549)

大型絵本『知盛』(木下順二文、瀬川康男絵、ほるぷ出版)は、絵巻平家物語シリーズ全9巻の第9巻である。

平知盛という名は知っていたが、どういう人物なのかという知識は皆目なかった。本書のかかげで、知盛というのは、なかなか魅力的な人物であることが分かった。知盛に対する木下順二の思い入れの強さがひしひしと伝わってくる。

「平知盛、平清盛の三男である。・・・そのさかんな平家一族のうえにも、やがて影がさしはじめた。まず清盛の長男、重盛の死である。長男が死ねば、次男の(小人物の)宗盛がとうぜん清盛の後継者となる。このことによって、宗盛のすぐ下のおとうと、知盛は、このときはまだだれにも予想できなかった苛烈な運命に、やがてさらされることになるのである。ときに知盛、二十七歳」。

「『見るべき程のことは見つ。いまは自害せん』。――見るだけのことは見てしまった、ということばが、知盛の口からもれるのである。もの心ついて以来、七歳で蔵人、従五位下、それにつづく一門の栄華、そのあとにくる悲惨、苦悩、精魂をしぼってのあの熟慮、あの判断、あのたたかい、またあのたたかい、自分をとりまいておこったすべての人間の悲劇と喜劇、そしていま、わが平家一門のこの最期――長いようで実に短かった、短いようで実に長かった三十三年間、そのすべてをきれいにすてさってしまったいま、その三十三年間をいっしゅんのうちに自分は見た――『見るべきほどのことは見つ』――というはっきりとした意識をもって、鎧を二領身につけると、知盛はずぶりと海にはいるのである」。

知盛の苦悩が、格調高い文章と、デフォルメされた印象的な絵によって表現されていく。

こういう魅力的な絵本で『平家物難』に触れることのできる子供たちは、本当に幸せだ。