榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

牛若丸の先祖を探して・・・【山椒読書論(35)】

【amazon 『源満仲・頼光』 カスタマーレビュー 2012年5月29日】 山椒読書論(35)

私の歴史に対する興味は、幼い時に読んだ講談社の絵本『牛若丸』に端を発している。大雪の中、追っ手から逃れる母・常盤の胸に抱かれた牛若、鞍馬山での修行、五条大橋での弁慶との出会い、金売り吉次に伴われての奥州行き、黄瀬川での兄・源頼朝との対面、父の敵・平家との戦いと鮮やかな勝利――どのシーンにも小さな胸を昂らせたものである。

それ以来、牛若(源義経の幼名)は私の最大の関心事となり、小学生の時には、清和天皇に始まり頼朝、義経を経て、一幡(一萬)、公暁に至る清和源氏の略系図を何も見ることなく、すらすらと書くことができたほどであった。その後、義経のことをもっと知りたいという欲求が、私の興味を静、常盤、頼朝、源義平、義朝、為義、為朝、義仲、金売り吉次、藤原秀衡、平清盛、後白河院、北条政子、義時、泰時、三浦義村といった義経の同時代の人物にとどまらず、源義親、義家、義光、頼信、頼光といった義経の先祖たちに向かわせ、今日に至っている。

この義経を出発点とする私の歴史に対する好奇心は、やがて日本史全体に広がり、世界史に広がり、さらに、さまざまな分野の読書に広がっていったのである。幼時の『牛若丸』体験なかりせば、現在とは大分異なった自分になっていたであろうと思うと、感慨深いものがある。

義経の先祖である源満仲、頼光、頼信といった人物について知りたいという私の願いを叶えてくれたのが、『源満仲・頼光――殺生放逸 朝家の守護』(元木泰雄著、ミネルヴァ書房)であった。歴史を知るには、先ず、その時代を代表する人物を知らねばならず、また、その人物にまつわる事実と伝説を区別して知ることが必要と考える私にとって、この本から多くのことを学ぶことができたのは、望外の幸せであった。

●第1は、武門(清和)源氏の祖とされる源満仲の人物像と、「摂関政治確立の過程で黒子の役割を果たした」とされる、その歴史上の役割が明らかになったこと。

●第2は、満仲の息子・源頼光の人物像と、「摂関政治の極盛期を築いた(藤原)道長に、表の世界でひたすら追従・奉仕し、官位の上昇を目指した」とされる、その歴史上の役割が明らかになったこと。

●第3は、頼光の弟・源頼信を祖とする河内源氏が、武力を背景に、その末裔の源頼朝、足利尊氏に見られるように隆盛を誇ったのに対し、一方の兄の頼光を祖とする摂津源氏が衰退してしまったのは、文官として歩み続け、院政期に衰退した摂関家と運命を共にしたためと、その理由が明らかになったこと。

●第4は、満仲と、清少納言の父で歌人として高名な清原元輔との間に長年の交流があったことを知ったこと。

●第5は、酒呑童子伝説からもたらされた頼光の剛勇な武将というイメージと、「受領としての豪富、そして道長に対する献身的な奉仕ぶり」というこの本によって明らかにされた人物像とのギャップの大きさを知ったこと。「権力者に諂い、地位の昇進を図った小心な」頼光に、時代を超えて親近感を覚えてしまうのは、私だけだろうか。

●第6は、頼光が、藤原兼家と『蜻蛉日記』の作者との間の息子である藤原道綱を女婿としていることを知ったこと。

●第7は、頼信の息子・源義家の母が平貞盛の曾孫の娘であることを知ったこと。源氏の代表選手ともいうべき義家に平氏の血が流れているとは、意外であった。

武門(清和)源氏の始祖たちの光と影を、簡潔な文体で過不足なく鮮やかに描き出した『源満仲・頼光』は、歴史好きには堪えられない一冊である。