福岡伸一の多彩な読書ワールドを堪能できる本・・・【山椒読書論(148)】
『福岡ハカセの本棚――思索する力を高め、美しい世界、精緻な言葉と出会える選りすぐりの100冊』(福岡伸一著、メディアファクトリー新書)で、敬愛する生物学者・福岡伸一の読書ワールドを堪能することができた。
著者と私はかなりの部分で、読書の好みが重なるので、既読の本については「そうだ、そうだ」と頷きっぱなしであった。一方、未読のものについては、著者の紹介があまりにも誘惑的なので、早速、購入リストに加えてしまった。
「里山で営まれるトンボの一生を描いた石亀泰郎『さよならドンボ』は、センチメンタルでもなければ、啓蒙的でもありません。しかし、そこに映し出される世界はとても美しいものです。・・・ススキの穂、沈む夕日、セイタカアワダチソウの黄色い花。秋の風景の中でトンボの結婚と産卵があり、仲間と身を寄せて眠る姿が見られます。やがて秋も暮れ、冬に近づくにつれ、トンボはゆっくりと弱っていきます。そして訪れる死」と紹介されたら、読まずに済ますわけにはいかないではないか。
「姉崎一馬『はるにれ』のテーマも生命の循環です。しかし、そこでは言葉はひと言も使われません。あるのは凛とした写真です」。
「森山徹さんは、比較認知科学、動物心理学の研究者。ダンゴムシに迷路をたどらせたり、水で包囲してみたり。その分析結果は、『ダンゴムシに心はあるのか』という本にまとめられました」。
「エピジェネティクスはこの十数年で研究が盛んになってきた分野で、学説的にもまだ充分な支持を得ているとはいえません。しかし、その考え方には、既存のダーウィニズムの欠点を補完し、さらに新しい生命観へと私たちを導いてくれる可能性があると思います。興味のある方は、ぜひ、アメリカのサイエンス・ライター、リチャード・C・フランシスが書いた『エピジェネティクス 操られる遺伝子』を読まれることをおすすめします」。大いに興味あるから、読もうっと。
「日高(敏隆)さんが日本に紹介した思想は、新しい動物行動学から先鋭的な利己的遺伝子論、さらにユクスキュルのような、それとは相反する立場のものまで多くのバリエーションがありました。日高さん自身にも、様々な旅路があったのかもしれません。いずれにせよ、私たちはそのおかげで世界の新しい見方に次々と目を開くことができたのです」。全く同感である。「日高さん自身の著書として、自然の見方を平易な言葉で綴る『世界を、こんなふうに見てごらん』を挙げておきたいと思います」。これも読まなくっちゃ。
もう一冊だけ、挙げておきたい。「とても変わっているけれど、愛すべき天才。マーシャ・ガッセン『完全なる証明』では、そんな(ゲレゴリー・)ペレルマンの生涯が、彼を知る人々への取材から浮き彫りにされます。その人物像を描くにあたり、著者は旧ソ連の数学文化やユダヤ人差別の問題にも触れました。差別から逃れるため、ペレルマンは数学に活路を見出した。孤独な魂の遍歴。これは奇妙な、しかし、間違いなくある種の偉人伝です。数学そのものはわからなくても、その営みの孤独さや美しさ、そこに人生を賭ける人々の面白さは充分に伝わってきます」。100年間、誰にも証明できなかった超難問「ポアンカレ予想」を解明するという快挙を成し遂げたのに、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を辞退したばかりか、100万ドルの懸賞金がもらえるミレニアム賞すら断ってしまった人物のことを、もっと知りたくなるのは私だけだろうか。