榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

チェスの天才、ボビー・フィッシャーの栄光と奈落・・・【山椒読書論(190)】

【amazon 『完全なるチェス』 カスタマーレビュー 2013年5月26日】 山椒読書論(190)

チェスのルールを知らない私でさえ、最初のページから最終ページまで釘付けにされてしまったのだから、『完全なるチェス――天才ボビー・フィッシャーの生涯』(フランク・ブレイディー著、佐藤耕士訳、文藝春秋)は凄い本と言わざるを得ない。

前半生のドキュメントで、ボビー・フィッシャーの幼年時代から世界チャンピオンに至るまでのチェスの早熟の天才ぶりを知ることができる。

パズルが大得意なアメリカ・ブルックリンの少年は、姉から買い与えられた1ドルのチェス盤に熱中する。「チェスには、フィッシャーの根本的な孤独と不安な気持ちを和らげる効果があった」のである。IQ180だが学校嫌いの少年は、風呂の中でもチェス盤を離さず四六時中、研究に励む。「フィッシャーはチェスの本という本をことごとく吸収した。隅々まで覚えて、自分のものにした」のだ。「ほとんどの伝記作家はろくに触れていないが、フィッシャー一家(母子家庭)はかなり貧しく――というより極貧に近かった」。

13歳の時、重要な駒であるクウィーンを敢えて相手に取らせるという奇策で勝利し(「世紀の一局」と称された)、14歳で全米チャンピオンに。当時、世界チャンピオンを独占的に輩出していた憧れのチェス最強国ソ連へ。続いて訪れたユーゴで世界チャンピオン・ブロンシュタイン(ジェームズ・ボンド映画「ロシアより愛をこめて」に登場する敵役のチェス・プレイヤーのモデル)と引き分け、世界に衝撃を与える。米ソ冷戦下、知性面での代理戦争と見做されていたチェス対決で、フィッシャーは国家の威信を懸けて対局に臨む。一方、ラジオ放送で知ったカルト教団に強く惹かれていく。無学で女性嫌いとの偏見記事を書かれたことで、ジャーナリズム嫌いが決定的となる。

18歳の時、宿敵の元世界チャンピオン・タリを遂に破り、19歳で世界チャンピオン・ボトヴィニックと対戦し、引き分ける。28歳の時、ロシアの牙城を崩して世界チャンピオンへの挑戦権を獲得。一夜にして米国にチェス・ブームが巻き起こり、国民的英雄となる。「フィッシャーは母親に宛てた手紙のなかで、対スパスキー戦に対して『ちょっと勉強している』と書いたが、実際にはちょっとどころか週7日、1日12時間も費やして、スパスキーにどんなオープニングをしかけるか、あるいはしかけないか、スパスキーが一番いやがりそうなのはどんな対局かを研究した」。そして、アイスランドで行われた世界チャンピオン・スパスキーとの頂上決戦で、不利な状況を3局目から盛り返し、29歳でアメリカ人初の世界王者に輝く。

ここまでのフィッシャーは、そのチェスへの凄まじいまでの打ち込みぶりが印象的だ。何かと難癖をつける気難しさが気になるが、天才にありがちな性向と、我々凡人は大目に見るべきだろう。

ところが、自分の要求が受け容れられないと不満を顕わにし、世界チャンピオンの防衛戦を忌避、世界チャンピオンの称号を放棄し、その後の20年に亘る隠遁生活に踏み出した時から、フィッシャーの度を超えた病的な被害妄想が暗い影を投げかける。

後半生のドキュメントで明らかになるフィッシャーの被害妄想に基づく反ソ(反ロシア)、反米、反ユダヤ主義は常軌を逸しており、その偏執狂的行動・発言は痛ましい。「フィッシャーは人や組織が陰謀で結託して自分を迫害していると信じこんでいた」のである。奇行が目立ち、世界各地を転々と放浪する。そして、フィッシャーのために尽力してくれた人たちの些細な行動を許さず、絶交する。

30歳年下のハンガリー人少女チェス・プレイヤーへの熱愛と失恋、日本滞在ならびに日本人女性チェス・プレイヤーとの結婚など興味深いドキュメントも紹介されている。

チェスの研究を続け、読書に明け暮れる晩年のフィッシャーは、病に蝕まれても医者嫌いを貫き、アイスランドで死去。享年64。