榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

姦淫を表す緋文字を、一生、胸に着けることを強いられた女・・・【山椒読書論(203)】

【amazon 『緋文字』 カスタマーレビュー 2013年6月14日】 山椒読書論(203)

緋文字』(ナサニエル・ホーソーン著、鈴木重吉訳、新潮文庫)は、2世紀前のある夏の朝、アメリカの当時は田舎町であったボストンの監獄前の草地での無惨な光景から始まる。

牢獄から教区吏という名の獄吏に連れ出された若い女が生まれて三月くらいの幼児を抱いて、群衆の前に姿を現す。「ガウンの胸には上等の赤い布に、金糸で手のこんだ刺繍と風変りな飾りをまわりにつけ、その上にAの文字が現れていた。・・・若い女は長身で、大柄なこの上なく優雅な容姿だった。黒いふさふさした髪にはつやがあって日光を反射し、顔は整って美しい容色であるばかりでなく、目立っている額と真黒な眼に特有な強い印象を与えるものをもっていた。・・・ヘスタ・プリンが監獄から出てきたときほど、古風な意味で淑女らしく見えたことはなかった」。

このヘスタ・プリンという名の人妻は、当時のピュリタニズムの厳しい戒律に背いて姦淫し、私生児を産んだという罪で、午後1時まで、晒し台の上で晒し者にされたのである。そして、胸の緋文字のAはadultery(姦淫)の頭文字で、罪の象徴であり、死ぬまでその恥辱の印を身に着けていなければならなかったのである。

この教区を担当する人望ある若き牧師、アーサ・ディムズデイルが、知事と年長の牧師に命じられ、ヘスタに幼児の父の名を明かすよう説得するという気の進まぬ役を務める。男の名を明かし、悔い改めれば緋文字を外すことが許されるというのに、彼女はその名を言うことを頑として拒絶する。

ヘスタの夫であった年老いた執念深い医者が登場したりするが、ヘスタは独りで女児を育てながら、「世間と争わず、不平も言わずに最悪の待遇に従っていた。自分が苦しんだことの償いとして何を求めるでもなく、同情を強いることもしなかった。それからまた、汚名をうけて世間から遠ざけられてきた年月の潔白清浄な生活が、大いに世間の好意をひくもとになっていた」。

このようにして7年が経過した時点で、物語は思いがけない大転回を見せる。何ということか、彼女が今でも烈しい愛情を抱いている人が、突然、彼女の罪深い相手は自分だったと、群衆の前で告白してしまうのだ。

この作品は、アメリカ文学の最高峰と言える。愛とは何か、嫉妬とは何か、勇気とは何か、罪とは何か、掟とは何か、宗教とは何か、贖罪とは何か、救いとは何か、意味ある人生とは何か――をじっくりと考える材料を提供してくれているからだ。