カラスは鉄棒、ブランコ、ゴルフ、テニス、滑り台で遊んでいる・・・【山椒読書論(207)】
『カラスはどれほど賢いか――都市鳥の適応戦略』(唐沢孝一著、中公文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)は、都市で我が物顔に振る舞っているカラスについての興味深い報告書である。
日本で普通に見られるカラスには、嘴が太く、やや澄んだ声でカァーと鳴くハシブトガラスと、嘴が細く、やや濁った声でグァーと鳴くハシボソガラスの2種類がいる。ハシブトガラスは、もともと南方系のカラスで、森林などに棲息していた。一方、ハシボソガラスは、北方系のカラスで、草原などの見通しのよい環境を棲みかとしていた。日本列島では、ハシブトガラスが南から北上するとともにハシボソガラスが北から南下し、両種が共に棲息している。しかし、この2種は国内の全く同じ場所を好んで棲息しているのではなく、森にはハシブトガラスが、田園地帯にはハシボソガラスが、そして都市にはハシブトガラスがいる。ハシブトガラスにしてみれば林立するビル群はコンクリート・ジャングルであり、かつての棲息地のジャングルに相似しているのだ。
都市鳥の中でも、とりわけ存在感の大きなカラスの生態や都市適応戦略が、ヒトの都市問題との関わりを踏まえて記されている。
「カラスは賢い鳥として知られている」。カラスが、車が走ってくる路上にクルミを置いて割らせたり、列車の線路に置き石をしたり、墓地から燃えさしの蝋燭や線香をくわえて持ち出し山火事を起こしたり、幼稚園の手洗い場の石鹸を失敬したり、巣の材料にするためウマやヒツジなどの毛を嘴で引き抜いたりと、それこそカラスは話題作りの名人、いや名鳥である。
「カラスを知れば知るほど、その賢さに感心してしまう」。カラスは引き算ができる。紐に結んでぶら下げた缶の紐を嘴でくわえて引き上げ、缶の中の餌を食べる。赤、青、黄の3色を識別する。植物の葉を加工して獲物を捕らえる道具を作る。針金を曲げて道具を作り、餌の入っている容器を筒から取り出す。飼育されているカラスがヒトの言葉を真似る。これらの実例が多数紹介されている。
「都心のカラスは実によく遊んでいる。遊んでいるように見える、といったほうが正確かもしれない。誰しも遊びをやるからには、面白いからやるのである。もしカラスが本当に遊びをするとしたら、この『面白い』と感ずる心、すなわち自分の行動に満足するという頭脳を持ちあわせていることになる。ただ、残念なことにカラスの顔は真黒で無表情、よろこびの心を判定するのは困難だ」と、著者はユーモアも忘れていない。大勢で行う追いかけっこ、電線揺らし、宙吊り、鉄棒、ブランコ、キャッチボールならぬキャッチクルミ、ゴルフ、テニス、風乗り、雪滑り、滑り台――と、豊富な実例が示されている。「カラスの行動を見ていると、実に大胆不敵である。知恵もあるが度胸もある」とべた褒めだ。
私にとって特に興味深いのは、カラスが他の都市鳥――ヒヨドリ、ツバメ、カルガモ、ムクドリ、キジバト、ハクセキレイなど――に与えている影響(圧力)である。これらの野鳥たちが、都市の中でも自然度の高い緑地ではなく、わざわざ繁華街を営巣や塒(ねぐら)場所として利用しているのか不思議に思っていたが、こうすることによって、都市に群棲する黒いカラス軍団から自分の身や幼鳥、卵を守っていたのである。
著者は、「鳥の中で、カラスくらい賢い鳥は他にいないだろう。何事にも好奇心が強く、大胆にして細心、団結心が強く、常に果敢で積極的な生きかたをしている」と、高く評価している。一方、この優秀さが却って仇となり、ヒトから嫌われ、気味悪がられているが、「カラスが人を攻撃するのは繁殖期に限定されており、その大部分は巣の雛や巣立ちしたばかりの幼鳥を守るために、巣や幼鳥に接近する人を威嚇し警告を与えるための攻撃的行動(擬攻撃)である」と、カラスを弁護している。