榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

女の恐ろしさに戦慄――私に強烈な衝撃を刻した小説・・・【山椒読書論(209)】

【amazon 『飾り火』 カスタマーレビュー 2013年6月26日】 山椒読書論(209)

飾り火』(連城三紀彦著、新潮文庫、上・下巻。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)は、恐ろしい小説である。

エリート部長の藤家芳行46歳は、出張中に北陸本線で知り合った女と、金沢のホテルで一夜を共にしてしまう。彼がその誘惑に負けた28歳の女は、新婚旅行中に夫に逃げられた新妻であった。

芳行の妻・美冴43歳は、夫の挙動に不審を抱きながらも、やきもきするばかりで、社会人になったばかりの息子と高校生の娘の変貌ぶりにうろたえ、その対応に追われる。

東京・国立(くにたち)で夫と暮らし始めて23年、平凡ながら平穏であった家庭の幸福が静かに崩れていく。「2月に夫が金沢から電話をかけてきてから梅雨の頃まで続いたあの、家族を、家を少しずつ蝕んでいくような気がした目には見えない何かの影。それが再び、突然、以前より濃密な影となって美冴を閉ざそうとしている。娘の叶美に何かが起こっている、それ以上に悪い何かが、夫に起ころうとしている――」。

「今年の2月から美冴は夫の体に妻である自分以外の女の影を濃密に感じとっていた。6月からは(息子の)雄介の体にも得体の知れない女の影が病原菌にように暗く巣喰いだしたような不安を抱き続けていた。父子の年齢差を考えれば当然それは別々の女としか思えなかったのだが、実は一人の女だったのだ。雄介のワイシャツにあの鮮血のような赤い口紅の痕を残した女の唇が、美冴にあの無言の電話をかけ続けたのだ。夫の体へと伸びた誘惑の手と、息子の雄介へと伸ばされた魔手、それは二人の女の別々の手ではなく、一人の女の両手だったのだ。女は一方の手で夫をつかみ、もう一方の手で雄介をつかんであの手紙で約束したとおり破滅へと導こうとしている――」。息子の自殺未遂がきっかけとなり、美冴は、我が家を破滅させようとしている敵の正体を、遂に突き止める。何と、その女は、何食わぬ顔でぬけぬけと美冴に近づき、我が家に堂々と出入りしていたのだ。

幸い、向こうには美冴が気づいたことは悟られていない。このことを利用し、逆手にとって、奪われた家庭の全てを、あの女の手から奪い返してやる――妻でもなく、母でもなく、一人の女としての強さに目覚めた美冴は、誰にも頼らず、智略の限りを尽くし、壮絶な復讐に立ち上がる。「一人の、まだ小娘とも言えるような女が家庭を壊しきる前に、美冴はその正体を見破ったのだし、女が仕掛けたからくりに気づいた。しかも美冴が気づいてしまったことを、女のほうはまだ知らずにいる。そのただ一つの武器をできるだけ有効に使わなければならない。・・・美冴は、今この瞬間から自分の戦いが始まったのだと思った」。

ところが、物語の後半の後半に至って、思いがけないどんでん返しが待ち構えていた。

連城三紀彦というのは、構想力が豊かで、鮮烈な色彩を駆使する何と魅力的な作家なのだろう。手練(てだれ)の連城の小説はいずれも読み応えがあるが、私が一番戦慄したのは、この作品である。