榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

上質な短篇小説を思わせる、水木しげるの怪奇譚漫画・・・【山椒読書論(565)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年7月30日号】 山椒読書論(565)

漫画『畏悦録――水木しげるの世界』(水木しげる著、角川文庫)は、水木しげるの選りすぐりの怪奇譚、狂気譚、幻想譚13篇を収録した短篇集です。

とりわけ印象に残るのは、「終電車の女」です。

売れない漫画かき・山本が、終電車が去ってしまった駅で、若く美しい女に出会います。二人は恋に落ちるが、山本以外の人間には女の姿は見えず、声も聞こえません。心霊研究で有名な椿博士によれば、霊界からやって来た女だというのです。椿博士は女に、「生存者と死者がいっしょになったって不幸になるばかりだ。死者は死者の国にゆくのが、この自然界の掟です。あなたはそれを勝手に破って、生者の世界にさまよっているのです。早くかえりなさい。あなたの魂の安らぎを得る場所は死者の国だけです」と諭すが、女は言うことを聞きません。

「小さな家だったが、二人は誰にも邪魔されることもなく、幸せな毎日だった・・・。だがそれもつかの間のできごとにすぎなかった」。

椿博士が霊媒を通じて頼んだ12、3人の僧たちが一斉に念力を込めて唱えた呪文によって、「彼女は悲鳴と共に星空の彼方に消えて行った・・・」。

「山本にとってこの一年内に起こった数々の不思議なできごと――彼女との出会い、彼女にまつわる不思議な事件、そして彼女とすごした幸福な日々や悲しい別離、それらはまるで夢の中のことのようにしか思われなかった」。

「終電車の駅をあるいてみるのだった。しかし彼女の姿は二度とみることができなかった・・・」と、結ばれています。

上質な短篇小説を思わせる作品です。