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あのようなマンガを描く つげ義春とは、どういう人物なのか・・・【山椒読書論(691)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年3月22日号】 山椒読書論(691)

あのようなマンガを描く つげ義春とは、どういう人物なのか。それを知りたくて、昭和50~55年の日常を綴った『つげ義春日記』(つげ義春著、講談社文芸文庫)を手にした。

●つげというのは、常にノイローゼに悩まされていた人であることが分かった。

「帰途、電車の中でどっと暗い気持ちに落ちこむ。立っていられないほど得体の知れない気分に襲われる。発作的に自殺をするのではないかという怖れを『あと十分、あと五分の辛棒で家に帰れる』と云いきかせ懸命にこらえる」。

「晶文社から八十六万円振込みあった。これで貯金は一千万円を越えた。しかし自分の気分が塞ぎ勝ちで少しも嬉しさを感じない。金の欠乏しているときは金さえあればと思っていたが、心身の健康なほうがどれほど幸せか」。

「いつも朝床を出るとき、今日はどんな調子になるかと真先に案じてしまう。昨夜眠るまで続いた足のこわ張りが残っているようで、それだけでもう不安になる」。

「起床してすぐノイローゼの兆候あり。起きてすぐのときは頭がぼんやりしているので、そのスキに不安が這入りこんだ感じだ」。

「午後もずっと、不安の発作が出るのではないかと、そのことにばかり気を奪われ、瞬間ではあるが、ふいと不安の発作が襲う」。

●つげというのは、正直な人であることが分かった。

「昨日に続き(妻の)マキが私の昔の女性関係を追及するので狼狽する」。

「NHKの謝礼は学歴で決るそうだから自分の場合は小卒だからこんなに安いのか」。

「本屋に寄ると自分の文庫が見あたらない。ほかの人のは山積みされてあるのに自分のは入荷しなかったのか。落胆。失望。きっと売れないということで冷遇されたのだろう。駄作ばかりが売れる世の中。嘆きたくなる」。

「夜、久しぶりにマキから求められるが、もう一人子どもがほしいからとのこと。拒否すると気まずくなり云い争いとなる」。

「夜中、松本清張の初期の推理小説を読んで気を紛らわすつもりだったが、面白くなかった。やはり私小説が良い」。

「横尾忠則の『私の夢日記』を買ってみたが、関心のない人の夢は面白くない。それに状況説明が念入りすぎて、夢のリアリティが損なわれている」。

「夕食後コタツで寝そべっていたら、それが気にくわないと云って、マキがつっかかってきた。マキは自分だけ忙しい思いをしているのに、私がコタツでテレビを観ているのが面白くないと云う」。

●私事に亘るが、つげは私の家の近くに住んでいたことが分かった。

つげ一家は、一時、千葉県柏市十余二(とよふた)46番地に住んでいた。私が住んでいるのは、柏市十余二140番地(その後、地名変更)である。江戸川台駅、初石駅、運河駅、利根運河、利根川――と、私にも馴染み深い場所が、かなりの頻度で日記に登場するではないか。