榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

負け犬も不良中年も、この指止まれ・・・【続・独りよがりの読書論(1)】

【にぎわい 2004年6月30日号】 続・独りよがりの読者論(1)

どんなに美人で、仕事ができても、「未婚、子なし、30代以上の女性は負け犬」と明快に定義した『負け犬の遠吠え』(酒井順子著、講談社)は、類書の中でキラリと光っている。

第1に、「負け犬の遠吠え」というタイトルが秀逸である。自らが属するカテゴリーを「負け組」でなく「負け犬」と名付けた潔さ、これをタイトルとした大胆さ。このタイトルなくして、昨今のこれほどの「負け犬」論争は巻き起こらなかったことだろう。

第2に、全編に流れているユーモア精神が素晴らしい。読み終わるまでに何度も微笑んでしまったが、特に、結婚や出産だけを「女性の幸福」とする価値観に異議を唱えるときのユーモアは冴え渡っている。

第3に、未婚で働く女性に送るエールの内容が実に具体的なのが心憎い。負け犬の「多くは、真面目で知的な人達です。妥協や打算で結婚などせず、仕事上でもある程度優秀であるからこそ、彼女達はその年齢まで独身を張ってくることができた」と「負け犬存在の正当性」に言及し、「負け犬とは決して『全くモテない人』ではないということです。全くモテない人というのは、異性と接触があった時、『これを逃したらもう後は無い』と思って必死に食い付くので、えてして普通に結婚していがちなもの。対して負け犬気質の人は、若い頃から意外とモテている。質はどうあれ、言い寄ってくる人は定期的に現われるし、食事をする異性の相手にも困りません。だからこそ、『ま、次でいいか・・・』と、どんどん寄せる波を見送ってしまう」と、勝ち犬との差異をさりげなくアピールする。

その一方で、「『私は結婚できないんじゃなくてしないだけで、それでも私は毎日楽しいから十分幸せなんで、勝ち犬から同情なんかされると心外だし、むしろ私は勝ち犬の方が可哀相って思ってるくらいなんで、今さら結婚しろって言われても一人の生活が快適だから無理だって思う・・・んだけど歳をとったら寂しいかもしれないし・・・』と、もやもや考えながら生きている」負け犬に対する行き届いたアドバイスも忘れない。これらは、巻末に「負け犬にならないための十ヵ条」、「負け犬になってしまってからの十ヵ条」としてまとめられている。

著者が負け犬文学の代表として挙げている、『ブリジット・ジョーンズの日記』(ヘレン・フィールディング著、亀井よし子訳、ソニー・マガジンズ文庫。なお、続編2巻がソニー・マガジンズから出版されている)は、一読の価値あり。

著者が「負け犬と孤独」の章で共感を示している吉田兼好の『徒然草』については、高校時代に勉強した原文に再挑戦するのもよいが、この味わい深い隠者文学から人生の奥義を学ぼうとする嵐山光三郎の『徒然草の知恵』(嵐山光三郎著、講談社文庫。出版元品切れだが、図書館、古本屋、WEBの古本サイトなどで探すことができる)を薦めたい。

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嵐山光三郎といえば、『「不良中年」は楽しい』(嵐山光三郎著、講談社文庫)だが、この著者の『日本一周ローカル線温泉旅』、『日本全国ローカル線おいしい旅』といった作品とは異なり、これはかなり刺激的な本である。

「不良は自分をとりまくさまざまの規制から自由になる行為である。会社から自由になり、妻から自由になり、子から自由になる」ことと定義し、オヤジ世代に対し、50歳を過ぎたら「マジメ人間よ、目ざめて不良になれ」とけしかける。

「不良オヤジになるにはどうしたらいいか。それには、まず、先人の不良オヤジに学べばいい。マルクスもエンゲルスも、ドストエフスキーもトルストイも、西行も芭蕉も一茶も、エジソンもアインシュタインも、荷風も谷崎潤一郎も川端康成も不良だった」とあるように、先人たちの不良ぶりを示すエピソードのオン・パレードだ。

中年オヤジの実態と、不良中年を目指す際の具体的な教訓は、巻末に「不良中年の技術」としてまとめられている。

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嵐山光三郎が不良道の師と仰いだ阿佐田哲也(色川武大)の『うらおもて人生録』(色川武大著、新潮文庫)は、不良少年にして劣等生であった著者が、生きていくうえでの技術に焦点を合わせて若者に語りかけている。

「プロはフォームの世界の章」では、「どの道でもそうだけれども、プロはフォームが最重要なんだ。フォームというのはね、今日まで自分が、これを守ってきたからこそメシが食えてきた、そのどうしても守らなければならない核のことだな。気力、反射神経、技、それ等の根底に、このフォームがある。まず、自分流のフォームをつくらなければならないんだがね。それは一生を通じて自分の基礎になっていくもの」と、気さくに話しかける。

「九勝六敗を狙えの章」、「実力は負けないためのものの章」、「スケール勝ちが一番の章」などのどの章も、著者の独自な人生経験に裏打ちされているだけに説得力がある。

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人生の後半戦を迎えた世代向けに書かれた『人生後半戦のポートフォリオ』(水木 楊著、文春新書)は、「あなたの時給は?」と問いかける。時給を簡単に計算するには、年収を2000で割ればいいのだが、自分の働く1時間当たりの価値を知ることが、時間を大切にする第一歩だと強調している。私たちは知らず知らずのうちに、カネ・モノ・自由な時間の3つのうち、どれかを選びながら、毎日を生きている。カネ・モノ・時間をバランスよく配分し、人生の最適のポートフォリオ(資産の配分)を実現すべきであり、カネ持ちやモノ持ちではなく、時間持ちになろうと呼びかけている。

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あなたが本当にしたいことは何ですか? あなたが人生で、どうしても実現したいことは何ですか? あなたは、一度しかないあなたの人生をどのように生きていきますか?