榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

炭鉱で働く人たちの悲しみが籠もった写真集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(109)】

【amazon 『炭鉱(ヤマ)(新版)』 カスタマーレビュー 2015年7月5日】 情熱的読書人間のないしょ話(109)

散策中、垣根に名を知らぬ花が咲いているとき、庭いじりをしている人に「この綺麗な花は何という花ですか?」と聞くと、笑顔で答えてくれます。時には、「よかったら、少し持っていきませんか?」と言われることもあります。農作業中の人に質問すると、腰を伸ばしなら、親切に教えてくれます。素朴ながら気品のある白い花はジャガイモの花とのことで、間もなく地下の芋を収穫するとのことでした。

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閑話休題、『炭鉱(ヤマ)(新版』(本橋成一著、海鳥社)は、炭鉱(やま)のモノクロ写真集ですが、私たちにいろいろなことを考えさせる一冊です。

「いつも坑夫たちは、岩に押しつぶされ、火に追われ、水に追いつめられ、地上を求めつつ死んでいきます。その坑夫たちの死は妻を、子を、年老いた母親を、そして多くの友をなげき悲しませます。しかし、ぼくは黒枠に飾られた彼らの顔をみるごとに、死んだ坑夫たちのつきることない怒りと悲しみをいちばんに感ずるのです」。葬儀の写真を見ていくと、残された人々の悲しみがひしひしと伝わってきます。

「九州筑豊を流れている炭層、その炭層の切れっ端にすがりつくようにして、小さな炭鉱がたくさんありました。・・・ぼくが初めて坑内に入ったのもこのような小ヤマでした。決して真直ぐではない、髙さも1メートルもない真暗な坑道をはいつくばるようにして下った時、ぼくは生まれて初めて、自分が生きていることを意識したのでした。なんともいえない地の底の圧迫感に耐えられなくなってきたのです。しかし自分を殺してその坑道を下ると、そこに気味悪い程に蒼白いやせこけたひとりの坑夫が、薄暗いカーバイドのカンテラを頼りに1本のツルハシで石炭を掘りつづけていたのでした。・・・しかしこれらの小ヤマも、なんの事故もおこさなかったのに、いつの間にか消えてしまいました」。著者の探求心が写真の裏に籠もっています。

「炭鉱でのいちばんの残骸は、やはりそこにとり残された人間たちです。先の丸くなったボタ山も、人のいなくなった炭住も、残骸は残骸です。けれどもいつかは新しくよみがえることができます。しかしそこにとり残された人たちは、もう決してもとにもどることは出来ないのです」。写真から侘しさが泌み出しています。

この写真集は1968年に出版されたものの新版ですが、時が経過しても、写真が記録したものは雄弁に語りかけてくることを再認識しました。