時には国語力を点検しよう・・・【情熱的読書人間のないしょ話(179)】
散策中に、大きなラッパ状の黄色の花がぶら下がっているエンジェルズトランペットを見つけました。違う場所で、アケビやミツバアケビよりも大きな実がぶら下がっているのに気づきました。ムベの実ということが分かりましたが、熟すと暗紫色になるそうです。
閑話休題、『知らないうちに間違えている日本語』(島津暢之著、宝島社)は、類書と比較して、説明が簡潔ですっきりしていること、新語にもページを割いていることに特徴があります。「注意したい言い間違い・書き間違い」「意味の取り違え・勘違い」「言葉の結びつき・使い方の誤り」「漢字の読み間違い・書き間違い」「こんな言葉遣いも知っておこう」「新しい言葉も覚えよう」の章で構成されています。
「仕事の報告、説明などでしばしば使われる『割愛』という語。不要なものを切り捨てる。あるいは、単に省略するという意味で使っている人も多いようですが、これは間違い。『割愛』の本来の意味は、惜しいと思うものを思い切って捨てたり手放したりすることです」。
「『富士山の五合目』とは、富士山の標高の半分を意味するものではありません。『合目』は『山のふもとから頂上にいたる登山の行程の単位』で『困難の度合を目安として全行程を10等分』したもの。標高を10等分した単位ではないのです」。
「『秋味』というのは、本来、サケのことです。秋に産卵のため川を上ってくるサケ。『秋の味覚』という意味で『秋味』を使うのは気を付けたほうがいいでしょう」。
「『複雑骨折』を骨が複雑(粉々)に砕けることと誤解している人も多いのでは? 正しくは『骨が折れるとともに、付近の皮膚・筋肉などにも損傷があって、開いた傷口から骨折部が外に露出しているもの』をいいます。骨が折れているだけの『単純骨折』と対になる言葉です。整形外科医などは、複雑骨折と言わず『開放骨折』の語を使うことが多いとか」。
「近くにあるものはかえって分かりにくい、というたとえとして現在でもよく用いられる『灯台もと暗し』。岬や港に立ち、海に向かって光を放つ灯台をイメージする人も多いと思いますが、それは誤りです。『灯台もと暗し』の『灯台』は昔の室内照明装置のこと。長い木の棒の上に油を入れた皿を載せて火をともすもので、『燈明台』ともいいます。この蛍光灯や白熱電球の大先輩は、みずからの真下を明るくするほどの強い光は出せなかったのです」。
「『あくどい』とは、たちが悪い、やり方が汚いといった意味で、『あくどい手口』『あくどい商売』などと使います。『悪い』ことには違いありませんが、これを『悪どい』と書くのは間違いです。この『あく』は、『あくが強い文章』『あくの抜けた人』の『あく』と同じ」。
「『いたぶる』は、もとは『甚振る=甚(いた)く(はなはだしく)振る』で、『激しく揺れ動く(揺り動かす)』意味で使われていました。今ではもっぱら、おどして金品をとったり嫌がらせをしたりする場面で使われます」。従って、「痛ぶる」という表記は誤りなのです。
「『尾頭付き』とは、尾も頭も切り離さないままのまるまる一匹の魚のこと。特に、神事や慶事に用います。『御頭付き』と書いてしまう人も多いのですが、正しい表記ではありません」。
本書のおかげで、いろいろな発見がありました。車検と同じように、時々、国語力を点検することも必要だと感じました。