論文捏造に手を染める科学者たちの心理と手口・・・【情熱的読書人間のないしょ話(192)】
散策中に、小さな赤い実をびっしりと付けているトキワサンザシに出会いました。小さな橙色の実が鈴生りのタチバナモドキも見つけました。どちらもピラカンサ属の植物です。黒い鞘から橙色の実たちが顔を覗かせている不思議な光景が目に留まりました。調べたら、コブシの実と判明しました。
閑話休題、このほどSTAP細胞は真実でないと英科学誌・ネイチャーが結論づけましたが、『背信の科学者たち――論文捏造はなぜ繰り返されるのか?』(ウイリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド著、牧野賢治訳、講談社)には、驚くべきことが書かれています。
著者は、研究者による論文捏造がなぜ繰り返されるのかというテーマに、いろいろな角度から迫っていますが、私が一番びっくりしたのは、歴史上の大科学者たちにも疑惑があるという指摘です。
例えば、●アイザック・ニュートンの『プリンキピア』には自説を補強する疑惑のデータが含まれていた、●グレゴール・メンデルのあまりにも整い過ぎた実験結果にはデータ改竄があった――というのです。
訳者の33ページに亘る巻末の解説、「『背信の科学者たち』(原書)刊行後のミスコンダクト(不正行為)事情」は非常に充実していて、私たちの役に立ちます。●ピルトダウン人事件の結末、●ボルチモア事件の大逆転劇、●ベル研究所での史上空前の論文捏造事件、●ヒトES細胞捏造事件、●広島大学の人工心臓実験捏造事件、●旧石器発掘捏造事件、●理化学研究所の血小板論文データ改竄事件、●大阪大学大学院医学系研究科事件、●東京大学大学院工学研究科事件、●大阪大学大学院生命機能研究科事件、●理化学研究所のSTAP細胞事件――の概要が簡潔に記されています。
それにしても、科学者はなぜ論文捏造を犯すのでしょうか。「普通の人間が考える科学者像は、誠実な『真理の探求者』であろう。探究には困難もつきまとい、研究では間違いも起こりうる。しかし、捏造、改ざん、盗用といった犯罪まがいの背信的な所業を、自ら意図的に行うなどとは想像しにくい。ただ、この世の中は理想世界ではなく、科学者といっても、ひとつの職業に過ぎない。たとえば、警察官が罪を犯し、裁判官が法を破るのと同じことなのである。倫理的にみれば、科学者とて特別な人間ではないのだ。そう考えれば、ミスコンダクトは意外ではない。問題は、その頻度や重大性なのかもしれない。私たちはこれまで、かつての偉人伝の中の科学者像にこだわりすぎ、とらわれすぎていたのだろう。・・・犯罪者の心理を推測するのは難しいが、いろいろなケースが考えられる。一般的には、はじめはデータのささいなクッキング(つまり、事実に関係なく、実験の目的に都合のいいようにデータを少し改ざんすること)から始まるのではないだろうか。おそらく誰にも気づかれず、改ざん論文は審査をパス、味を占めることだろう。これが病みつきになると、しだいに大胆になる。改ざんの回数は増え、データ操作の程度はエスカレート、そして行き着く先は捏造なのだろう。そのころには、ミスコンダクトの『悪の技術』も向上しているにちがいない。最近は、コンピューターにデータが蓄積されており、データ改ざんは技術的にも容易になっている」。
彼らはさまざまな強いプレッシャー下に置かれ、追い詰められて不正行為を犯してしまうのでしょうが、不正が明らかになったときに失うものの大きさに思いが至らなかったのでしょうか。