榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ぶっきら棒だが、慣れてくると味わいのあるベーコンのエッセイ集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(273)】

【amazon 『ベーコン随想集』 カスタマーレビュー 2016年1月9日】 情熱的読書人間のないしょ話(273)

平成2年初場所の大相撲を見物した際の、土産の中に含まれていたカレンダーの表紙は、第35代横綱・双葉山定次でした。心技体のいずれも抜群の名横綱であるばかりでなく、気品のある風貌の持ち主でした。70連勝が成らなかった時、「未だ木鶏たり得ず」と反省の念を表したことはよく知られています。私の学生時代に、茨城に住んでいた祖父が、誠は相撲が好きだからと、新聞に数カ月間連載された双葉山物語を毎日切り抜いて、表紙と裏表紙を付けて送ってくれたことを懐かしく思い出します。

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閑話休題、『ベーコン随想集』(フランシス・ベーコン著、渡辺義雄訳、岩波文庫。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を、久しぶりに読み返したくなりました。同じエッセイでも、愛想がよい語り口のミシェル・ド・モンテーニュに比べると、ぶっきら棒な感じがして取っ付きにくいフランシス・ベーコンですが、その文体に慣れてくると味わいが感じられるようになります。

「死について」には、こういう一節があります。「人が死との戦いに勝てるほど多くの従者を引き連れている時、死はそれほど恐ろしい敵ではない。復習の念は死に打ち勝つ。愛は死を軽んずる。名誉はそれを願う。悲しみはそれに逃げこむ。恐怖はそれを先取りする」。「確かに、ストア派の人々は死を重大視しすぎた。そして彼らが大げさな準備を説いたために、死がますます恐ろしいように思われてしまった。『生命の終結を自然の恵みの一つと見なす』と言う人のほうが、うまいことを言っている。死ぬことは生まれることと同じように自然である」。

「学問について」は、こうです。「読書は充実した人間を作り、会話は気がきく人間を、書くことは正確な人間を作る。それゆえ、ほとんど書かない人は、強い記憶をもつ必要があり、ほとんど会話しない人は、即座にきかす気転をもつ必要があり、ほとんど読まない人は、知らないことを知っているように見せる多くの才気をもつ必要がある」。痛烈な皮肉が込められていますね。

「怒りについて」の一節は、このように記されています。「怒りにとらえられても、それを押えて害悪を及ぼさないためには、特別に注意しなければならない2つのことがある。1つは、・・・怒りに駆られて秘密を洩らさないことである。そういうことをすると、社会に適応しなくなるからである。もう1つは、どんな仕事でも腹立ちまぎれに、にべもなく投げ出さないことである。どんなに憤慨して見せても、取り返しのつかないことは何もしないことである」。この2つ目の忠告は、私の経験に照らして、特に重要です。