榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

中東紛争を読み解くキーワードは「石油」「武器」「麻薬」・・・【情熱的読書人間のないしょ話(294)】

【amazon 『石油・武器・麻薬』 カスタマーレビュー 2016年2月6日】 情熱的読書人間のないしょ話(294)

散策中に、女房から「一、二、一、二」と小さく声をかけられることがあります。私が背筋をピンと伸ばして歩くよう注意を促しているのです。すっかり葉を落とした木々はちゃんと背筋が真っ直ぐです(笑)。因みに、本日の歩数は10,703でした。

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閑話休題、『石油・武器・麻薬――中東紛争の正体』(宮田律著、講談社現代新書)は、中東、イスラムの専門家の手になるだけあって、中東紛争の原因に鋭く迫っています。

「中東の石油利権をめぐって欧米諸国が争奪戦を繰り広げ、武器・弾薬の大量出費によって米国などの軍需産業が大儲けしたイラク戦争がそうであったように、現在の中東の紛争の背景にあるのは、『石油』と『武器』という巨額の利益をもたらす経済的ファクターであると言っても過言ではない。また、アフガニスタンのアヘンをもとに製造・流通するヘロインなどの『麻薬』がもたらす莫大なカネは、武装集団の重要な資金源と化している点も見逃せない」。すなわち、「石油」「武器」「麻薬」の3つが、中東紛争を読み解くキーワードだというのです。

経済的な観点から、イスラム世界を巡る国際政治の力学の変化、エネルギーを巡る国際間の競合、産油国への武器売却を巡る欧米の思惑等が、ドキュメンタリー・タッチで描かれています。また、大量に買い付けた兵器がいかにイスラム世界の紛争を深刻化させているか、地球規模の格差、貧困による人の移動が現在の国際社会の安定にどれほど重大な問題を起こしているか――が考察されています。

「石油」については、こう解説されています。「2013年、1バレル110ドル前後もあった石油価格が、2015年8月には46ドル台にまで落ちこんだ(ブレント原油価格)。この下落が産油国の経済に大きな影響をおよぼしている。とりわけロシアは、貿易収入の50パーセントを石油に依存しており、ダメージは深刻と見られる。同様に、米国のシェール石油の生産者や採掘業者たちにとっても石油価格の下落は痛手となる。なぜなら、シェールエネルギーの開発には1バレルあたり60ドル以上ないと採算が合わないと考えられているからだ」。

「世界の石油業界は、IS(イスラム国)によって、イラク南部のシーア派が支配する油田地帯であり、また石油輸出施設がある都市バスラが支配されることを懸念している。イラク政府軍とIS、またそれを支持する勢力による『イラクの石油』=経済資源をめぐる戦いをより複雑にするからだ」。「ISの活動にとって、石油は武器を購入したり、支配下に置いた住民へのサービスの資金源にしたりするなど、まさに戦略物資そのものといえる」。

ISについては、さらに興味深いことが書かれています。「ISの重要な資金源としては、アラブ湾岸諸国の富裕層からの資金援助もある。・・・こうした湾岸諸国の『篤志家』による武装集団への資金提供が内戦をいっそう激化させ、悲惨なものにしていることは明らかだ。シリアの武装集団に与えられたはずだった資金もさまざまなルートを通じてISに流れるようになり、サウジアラビア・マネーはISに直接与えられているという指摘もある」。

「ISが支持を広げたのは、欧米へのテロだけを追求してきたアルカイダとは異なり、実際にシリアやイラクで統治を行い、イスラム主義の『理想』を実現していることが大きい。ISは社会正義をもたらすというのが支持者たちの多くの考えで、ヨルダンでも大多数の人々が貧困状態に置かれる中、ごく少数の人々が途方もなく豊かであるという現実が、ここでも社会正義や平等を説くISへの支持を強めている」。

「『イスラム過激派』のメンバーたちを束ね、その活動を維持するには、イデオロギー、組織、資金の3要素が不可欠だ」。

「武器」について、見てみましょう。世界最大の武器輸入国はサウジアラビアであり、世界最大の武器輸出国は米国なのです。また、武器輸入国の第4位はアラブ首長国連邦(UAE)となっています。これらのアラブ「湾岸諸国は、米国の軍需産業にとって重要な『顧客』であるため、米国は中東の政情に重大な関心を寄せざるをえない」。

一方、アラブと敵対関係にあるイスラエルは、その「軍産複合体は兵器を輸出するために、その開発研究や製造を自前で行ったり、また米国から毎年30億ドル(3600億円)の軍事支援を受けたりして、戦争を遂行するような国家」なのです。

「中東において、ロシアの武器輸出先として重要なのはシリアとイランで、アラブ諸国の中ではシリアが唯一の同盟国となる。かねてプーチン政権は、シリアのアサド政権にロシアの武器を供給することによって安定や平和がもたらされると訴え続けている。シリアのタルトゥースにはロシアの海軍基地があり、地中海の戦略拠点であるがゆえに、ロシアとすればシリアのアサド政権を支えなければならない事情もある」。

軍産複合体に対する批判は痛烈です。「武器輸出三原則を緩めたり、イスラエルとの防衛協力を進めたりする安倍政権の防衛関連政策には、経済界の強い意向が働いている。・・・いわば、安保法制は防衛関連産業の利益拡大を図ったものであり、国民の安全は後付けにすぎない。経団連は2015年9月10日、武器など防衛装備品の輸出を『国家戦略として推進すべきだ』とする提言を公表し、安保法案が成立すれば、防衛関連産業の役割が高まる(つまり利益が増加する)という考えを示していた。『戦争経済』が世界を不幸にすることは、ノーベル経済学賞の受賞者であるジョセフ・スティグリッツが指摘するところでもあるのだが」。

「軍産複合体が米国の戦争を支えてきたことは、かねがね指摘されているところだ。2011年に米国は660億ドル(7兆9200億円)の売却契約を結び、それは全世界の市場の80パーセントを占めた。米国の軍産複合体は、アイゼンハワー大統領が1961年にその離任演説の際に危険性を指摘した通り、米国を戦争に絶えず仕向ける重大なファクターとして作用している。米国の軍需産業は戦争によって巨額の利益を得て、また国防総省は軍需産業のために予算を獲得してきた。私たち日本人も現在、軍産複合体がもたらす危険の中に置かれているように思えてならない。日本の軍産複合体が国民を不幸にする事態には絶対にしてはならない」。

「紛争によって発生した難民の子供たちに教育を与えることが、暴力の抑制につながることは揺るぎなく、中東イスラム諸国、欧米、また日本など国際社会が真摯に取り組まなければならない課題ともいえる」という指摘が、心に沁みます。