榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

生命とは何か、動的平衡とは何か・・・【MRのための読書論(174)】

【ミクスOnline 2020年6月22日号】 MRのための読書論(174)

生命

生命を究める――スタディサプリ 三賢人の学問探究ノート(3)』(スタディサプリ「進路」編、福岡伸一・篠田謙一・柴田正良協力、ポプラ社)に収められている「生命とは何か?」(福岡伸一協力)は、文字どおり、生命がテーマである。高校生向きに書かれたものだが、大人にとっても大いに役に立つ。福岡伸一が提唱する「動的平衡」が分かり易く説明されているからである。

入れ替わる細胞

「時間の経過に注目すると、人間の体には、あるおもしろい現象が起きていることに気づきました。人間は毎日、時間の経過と共に、自分を形づくっている細胞をどんどん入れ替えているのです。気づかないうちに、あなたは体の外から入ってきた新しいものと、今のあなたを構成している細胞の中身とを交換しています。例えば、胃や小腸、大腸などの細胞は、たった2、3日で入れ替わります。筋肉の細胞は、2週間くらいで約半数が入れ替わっています。あなた自身の細胞はウンチなどでどんどん捨てられていく一方で、食事や外の環境からやってくる新しいものが取り入れられているのです。だから1年もすれば、あなたを形づくっていた細胞は、あなたの中からほとんどなくなってしまいます。いわば、今のあなたは、1年前のあなたとは物質的に『別人』なのです」。

動的平衡

「それでも見かけ上は、あなたはあなたであるように見えます。ジグソーパズルでたとえるなら。全部のピースが一度に入れ替わるのではなく、他のピースとの関係性を保ちながらピースが一つひとつ入れ替わっているのです。ピースをひとつ抜いても、全体の絵柄はそう変わりません。おもしろいのは、新しいものを入れる前に、体は自分で自分のことを分解し、古いピースを捨てていることです。自分の一部を壊し、捨てては入れて、また捨てては入れてと、体は絶えず動きながら『あなたであること』のバランスを取っています。私はそのことに『動的平衡』という名前をつけました。『動的』は動いていること、『平衡』はバランスのこと。絶えず変化し、動きながらバランスを取る姿そのものを表現する言葉をつくったのです。生命とは、遺伝子のことでもなければ細胞のことでもない。自分で細胞をどんどん壊す。壊し続けることで安定する。そう、生命は動的平衡である――これが私の見つけた、『生命とは何か?』への私なりの答えでした」。

生物の運命

私たちの生命は、なぜ、わざわざ壊してまで、自分の一部を入れ替え続けているのだろうか。「その背景には、すべての生き物が抱えている運命がありました。宇宙には、あらゆるものは『整った状態』から『散らかった状態』の方向へと動く、という大原則があります。・・・形あるものは崩れ、光っているものは錆びる。宇宙にあるものはすべて、何もせずにそのままでいたら、ただ悪いほうへと転がり落ちていく運命にあるのです。植物や生き物も同じです。リンゴを切って置いておくと茶色に変色するように、人間の体も時間が経つと酸化して、肌にシミができたり、血液がドロドロになったりします。生き物は常に、劣化する脅威にさらされています。だから、できるだけ長く生き続けるために、自分自身をどんどん壊し、入れ替えて、変化していくことが必要なのです。古くなったものや悪いもの、ごみのようなものを捨て続けながら、変わることで生きていく。だから、生命は『動的平衡』なのです」。

生命に学ぶ

生命から私たちが学ぶべきことがあるのだろうか。「長続きするために大事なのは、頑丈にすることでも、完璧な設計図を引くことでもありません。大事なのは、部分的に壊して入れ替えながら、変化し続けられるようにしておくことです。あらかじめ壊すことを念頭に置いて、始めからゆるく、やわらかくつくっておく。生命の姿からは、私たちが抱える社会課題へのヒントももらえるはずです」。

「生命体にとってもっとも重要なのは、『変わること』そのものといえます。あなたも私も、生命体のひとつです。変わり続けていきましょう」。

本書のおかげで、これまで、もう一つ理解し難かった「動的平衡」が、スッキリ頭に入ってきた。