榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

敗戦直後の満洲での体験が下敷きの、飄逸とした味わいの小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(665)】

【amazon 『長春五馬路』 カスタマーレビュー 2017年2月9日】 情熱的読書人間のないしょ話(665)

散策中に、真っ赤な花を咲かせているツバキを見つけました。落ちずにしがみついているクリの実が風に揺れています。因みに、本日の歩数は10,734でした。

閑話休題、『長春五馬路(ウーマロ』(木山捷平著、講談社文芸文庫)は、敗戦直後の満洲が舞台でありながら、何とも飄逸とした味わいの中篇小説です。

著者・木山捷平を思わせる主人公・木川正介は、敗戦により、満洲国の首都であった新京(長春)で難民生活を送っています。置かれた状況が凄惨、悲惨であるにも拘わらず、このような飄々とした作品が書けたということは、著者の性格によるところが大きいでしょう。しかし、日々の生活をどう遣り繰りするかに心を向け、その日、その日を淡々と生きることでしか、多くの日本人が次々に死んでいく時期を生き延びることができなかったという事情も影響しているに違いありません。

40歳過ぎの、ボロ(古着)屋稼業の主人公は、なぜか、「小父さん、小父さん」と女性たちから慕われます。中国人の妾となっている日本人女性、朝鮮人の日本人妻、列車で知り合った謎の中国人女性、女中を辞めて路上で商いをする中国人少女、白系部落の白系ロシア人少女など、彼が出会う女性たちは、いずれも逞しくおおらかで、細かいことに拘らない者ばかりです。主人公は彼女たちから、何もかも失ってしまっても、くよくよするな、それより、何とか生きていくことを考えるほうが先だと教えられたのです。

「正介は女の顔をつくづくと見た。背はそんなに高くないが、ふっくらした肉づきが魅力的だった。顔もぬけるように白かった。・・・『いやですよ、小父さん、そんなに穴があくほど私を見ては・・・。わたし何もかくしはしませんよ。どうせわたしは体のよごれた満人のお妾さんなんですもの』。女がまぶしそうに眼をほそめて言った。『お妾さんで結構じゃありませんか。誰もあんたに文句をつけられる日本人が一人でも満洲にいますか。いや、日本にいる日本人ぜんたいを含めても――』」。

「郁江がやおらフランネルの寝巻の襟に手をかけて、肩をはずした。半裸の肉体が、正介の三尺前にあらわれた。三十女の肉体は眼がさめるほど美しかった」。

「正介が蒲団を持ちあげると、その空間の中に永春がとびこんで、正介の体にかじりついた。永春はあたたかかった。彼女は深紅のやわらかい寝巻を着ていた。その寝巻から温かい彼女の体温が伝わって、彼女の四肢はゆたんぼのように思えた。正介は彼女の首を抱いてやった。彼女の顔は彼の胸の中にあった。・・・正介は抱いている手を彼女の首からはずした。手は静かん、彼女の寝巻の線をつたった。裾までおりた時、手がもう一度、寝巻の線をさかのぼった。彼の手が丘にふれた。彼は眼をつむって丘の広さを感じた。呉家の女中七家子が春まだ早い二月の若草山だとすれば、永春のそれは秋たけなわな十月の嵐山を思わせた」。

「七家子はその古材木の間に寝床をつくった。寝床の材料は穀物いれの麻袋のようであった。七家子はその上にズボンをぬいで横になった。上衣はぬがなかった。闇の中に七家子の白い上腿が浮びあがった。正介は七家子の細い腰をかたく抱きしめて、『お前は田舎ではいつもこのようにしていたのか』ときくと、『違う。田舎は藁だ』と七家子が言った。『田舎では何人した?』ときくと、『四人か五人だ』と七家子が言った。『お前の年はいくつか』ときくと、『十五だ。来年の正月がくれば十六だ』と七家子が言った」。

「少女はぱっと寝台にとび上った。とび上ったかと思うと、二本の足をばたばたさせて、パンティを上から下へずり落した。スカートを胸のところまでたくりあげた。彼女の上腿は、雪のように真白であった。一瞬、正介はわれとわが眼を疑った。彼女の上腿は春まだ早い二月の若草山のように萌えてはいなかった。ギリシア系だからかどうかはわからないが、それでいて余りに早熟なのに呆然としていると、『ダワイ』(早くよ)『ダワイ』(早くよ)と少女が黄色い声で叫んだ」。