榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

反革命分子として処刑された若い女性に起こったこと・・・【情熱的読書人間のないしょ話(671)】

【amazon 『さすらう者たち』 カスタマーレビュー 2017年2月15日】 情熱的読書人間のないしょ話(671)

公園は静まり返っています。濃桃色のツバキが陽に輝いています。ジンチョウゲが蕾をたくさん付けています。パンジーをじっと見詰めていると、話しかけたくなります。アオキが鮮やかな赤い実を付けています。因みに、本日の歩数は19,979でした。

閑話休題、『さすらう者たち』(イーユン・リー著、篠森ゆりこ訳、河出文庫)は、文化大革命終結後間もない中国の地方都市を舞台に、それこそさまざまなタイプの大衆が蠢き、さすらっています。

物語の枠組みをなす若い女性の処刑は実話を下敷きにしているだけあって、迫真性に富んでいます。

反革命分子として収監されている娘に、父親が10年ぶりに面会した時のこと。「衝撃だったのは、珊(シャン)の状態だ――10年前の、あの反抗的で威勢のいい女の子ではなくなっていた。灰色でぼろぼろの囚人服は臭気を放ち、短い髪はひどく汚れて薄くなり、頭皮の中央には大きな禿ができていた。肌は青ざめて透明に近く、大きく見開いた目は夢でも見ているようだった。・・・面会時間が終わり、2人の看守が珊の腕を乱暴につかんで部屋から引きずり出しても、(父の)顧(グー)師は抗議しなかった。珊はまだしゃべっていたが、もう耳には入らなかった。彼は囚人服のズボンが月経血でどす黒く染まっているのを見つめた。・・・娘の気が触れてからどのくらいたつのか、妻がこのことを知っているのか、彼にはわからなかった」。

「最後になって(処刑場へ移す直前の見せしめの公開批闘大会で)反革命的なスローガンを叫んだりできないように、顧珊の声帯を切るよう刑務所長が(医者と看守たちに)指示したときのことだ」。

「女の遺体は、水晶のように凝固した雪の上でうつぶせに横たわっていた。腕がねじられ、背中で複雑なやり方で縛られていた。・・・(珊の親から埋葬を頼まれた)昆(クェン)が遺体から布を剥ぎとると、(昆と手伝いの八十<パーシー>の)2人とも露わになった体の中央部を見た。肉が血まみれで大きく裂けており、不気味に笑う口元のようだった」。

「(昆の不在を狙って戻ってきた)八十は座りこんで、あえいだ。脚が萎えて、知ったことの重さを支えきれなくなった。しばらくすると彼はまたマッチをつけ、もう一度確かめた。間違いない。女の乳房が切りとられている。もともとあった移植手術の傷と昆がひどく切り刻んだ痕のせいで、女の上半身は肉がむき出してめちゃめちゃな状態になっていた。どす黒い赤と青白い色と白が混在している。同じような状態が、股間にまで広がっていた」。

元紅衛兵の珊が文化大革命を批判する手紙を送ってきたと当局に密告したボーイフレンド、臓器移植のために生きたまま麻酔なしで珊の腎臓を取り出した外科医、その腎臓を移植された地方の党幹部、28歳で処刑された珊の両親、埋葬を頼まれたのをいいことに、屍姦し、乳房と陰部を切り取って保存していた昆、処刑後しばらく経って、珊の名誉回復のために市民抗議活動を起こした珊の同級生の女性――などの登場人物たちは、それぞれ出世や富、健康、欲望、正義感などのために行動するのですが、中央政界の権力闘争という妖怪に翻弄され、歪められ、食い荒らされていきます。

感傷に流されない抑制された筆致で綴られていますが、行間から、時代の闇に搦め捕られた人々、強権国家に運命を狂わされた人々の嘆きと呻きが地鳴りのように響いてきます。