榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

戦前の東京の生活が眼前に生き生きと甦るエッセイ集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(747)】

【amazon 『東京の下町』 カスタマーレビュー 2017年5月5日】 情熱的読書人間のないしょ話(747)

千葉・流山の大堀川水辺公園での、地元のヴォランティアによる子供の日に因んだ凧揚げ大会に参加しました。カントウタンポポの種子(綿毛、冠毛)とセイヨウタンポポのそれは、よく似ています。ナニワイバラが白い花をたくさん咲かせています。レンゲツツジの橙色の花が目を引きます。因みに、本日の歩数は11,715でした。

閑話休題、『東京の下町』(吉村昭著、永田力絵、文春文庫)は、吉村昭の他の作品とは趣の異なるエッセイ集です。

著者が幼少年期を過ごした戦前の東京・日暮里の庶民の生活振りが克明に記されています。著者は昭和2年生まれ、下町の日暮里育ち、私は昭和20年生まれ、山の手の荻窪育ちなのに、本書に書かれていることが、私の幼少期の思い出とあまりに似通っているのに驚きました。その謎は、著者のこの言葉で解けました。「日本人の生活は、大ざっぱに言って明治以後、昭和30年頃まで基本的な変化は余りなかったように思う。たとえば蚊帳。それは、戦後しばらくたった頃まで、なくてはならぬ夏の生活必需品で、幼児は、ホロ蚊帳の中で昼寝をした。しかし、昭和30年代から蚊帳は、急速に姿を消し、今では眼にすることもできない。殺虫用の噴霧器が出廻ったこともあるが、網戸の普及によるものだ、と言っていいだろう。また、これと時を同じくして便所にも変化があった。古くからみられた汲取り式のものが水洗式に変っている。生活様式は、これらの例をみるまでもなく昭和30年代で大きな変革をとげている」。幼い頃、寝るまでの時間、布団が敷いてある蚊帳の中で妹と騒いで、母に叱られたことを懐かしく思い出します。

「少くとも太平洋戦争がはじまるまでは、町には庶民の生活があった。近くの戦闘に、脱衣場で働いている女がいた。すらりとした長身の女で、少年の私にもたぐい稀な魅力にみちた美しい女に思えた。町の若い男たちの評判になり、彼女を見ようと銭湯に足をむける。・・・女は頭も良さそうで、つつましい性格だった。だれが彼女と結婚するのかが話題になっていた。・・・近所の旧家に嫁に来た女も、背が高く美しかった。・・・どのような育ちであろうと、女は気品があり、(結婚相手の)親が反対するのはおかしい、と子供心にも思った。開戦後、町には出来事らしきものは絶えた。・・・燈火管制で、町は暗く、月と星の光がひときわ冴えていたのが印象に残っているだけだ。空襲は、町の家並を消滅させ、同時に住民を離散させた」。おかげで、私も、当時の近所の綺麗なお姉さんの顔を、何十年ぶりかで思い出してしまいました(笑)。

「電燈の下で、さまざまな遊び具をつくった。・・・(ヒゴや紙などで作る)模型飛行機づくりも、さかんであった。・・・原っぱに持って行って、プロペラをまわしてゴム紐をコブだらけにし、初めてそれを放す時の胸のときめきは忘れられない」。「友達が、或る店のウインドウで列車の模型が走っているのを見たという言葉にひかれ、友達の案内で歩いていった。たしかに、ウインドウの中には電気機関車にひかれた客車がレールの上をまわっていた。・・・その精巧さに私は息をのみ、ウインドウの前で、長い間立って見つめていた」。私も、模型飛行機や模型列車に夢中になったものです。

私たちの世代、それより上の世代の人間にとって、往時を思い出す糸口を与えてくれる得難い一冊です。