全身が深紅に塗られ、体中に細く白い横縞が描かれた全裸の男は何者か・・・【情熱的読書人間のないしょ話(829)】
『ハイン 地の果ての祭典――南米フエゴ諸島先住民セルクナムの生と死』(アン・チャップマン著、大川豪司訳、新評論)の表紙を見た途端、のけ反ってしまいました。木の皮で作った仮面を被った全裸の男が立っているからです。しかも、体中に細く白い横縞が描かれ、それが一物にも及んでいるのです。本書を読み進んでいくと、彼の全身は深紅に塗られ、その上に白い横縞が描かれていたことが分かります。
裏表紙にも驚かされました。3人の若い女性の裸の上半身にも、白い線や点線が描かれているからです。
南米最南端のフエゴ諸島は、人間が定住した最南の地でした。到来した白人の迫害と伝染病(主に結核、インフルエンザ、はしか)の蔓延によって、この地の先住民たち――セルクナム族、ハウシュ族、アラカルフ族、ヤマナ族――はほぼ絶滅してしまいました(2017年現在、生き残っているのは、ヤマナ族の89歳の女性1人)。
本書は、彼ら先住民の社会や神話と、部外者には秘匿されてきた、ハインと呼ばれる祭典(最後のハインが行われたのは1933年)に関する現地調査報告書です。多数収載されているドイツ人の人類学者マルティン・グシンデが撮影したセルクナム族の身体彩色と扮装のモノクロ写真が、当時の様子を生き生きと甦らせています。
「(フエゴ諸島は)平地の夏の平均気温は約10度で真夏でも霜が降りることがある。真冬の平均気温が約1.5度、最低気温がマイナス20度になることもあり、一年を通して湿った強い風が吹く酷寒の地」なのです。
「セルクナム族の美術的才能は、身体彩色に表れている。それが『美しく』独特と言ってもいいのは、最小限の型を用いて多数の模様を生み出している点にある。この『型』には2つの要素しかない。形――円と、いろいろな長さや太さの線と点線、そして色――濃淡さまざまな3色、だ。この基本的な要素だけで充分で、驚くほどさまざまな象徴的模様を創り出していた。彼らは明けても暮れても身体彩色にいそしんでいた。これは楽しみであり、湧き上がる欲求であり、お望みなら文化的特色と言ってもよいが、おざなりにされることはまずなかった。彩色には純粋に実用的な面もあった。寒さから身を守り、狩りの際には迷彩色となり、水浴びの代わりにもなった。こうした実用的な理由だけでなく、彼らはことあるごとに体に象徴を描き、塗ったのだ。・・・彩色用の色には、黒から灰色、純白から黄色がかった白、さまざまな色合いの赤があった」。
「最も手のこんだ身体彩色はハインの精霊の扮装であり、本領が発揮されている。その文化的意味とは別に、美術作品としても観賞に堪えうるかもしれない。扮装するのは、女たちをだまし、時には笑わせるのが目的とされていた。だが、この扮装が男たちにいくつかの恐るべき精霊を鎮め、抑える力を与えていることについては、あまり明らかになっていない」。
著者は、ハインをこう位置づけています。「ハインは宗教的で危険な、同時に芝居がかった心躍る儀式でありかつ楽しみだった。演し物と祭典を兼ねた大がかりな見世物だという考えに基づいた、扮装、踊り、詠唱、道化芝居などの芸術的創造の場だった。言うことを聞かない妻を懲らしめ、若者を訓練し鍛える目的をもっていた。『役者』も『観衆』も同じようにこの祭典に熱い思いを抱いたのは、こうした複雑で豊かで実用的な内容をもっていたからかもしれない。男性支配の社会で女たちが感じていただろう不満が表されている場面や遊戯もあった。女の気持ちと男の気持ち、ハインはこの対照的な感情をともに包んでいたと思う」。
読みながら、自分もセルクナム族の一員として、ハインに参加している気分になってしまいました。