榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「国を持たない最大の民族」クルド人が自らの国を持てない理由・・・【情熱的読書人間のないしょ話(865)】

【amazon 『クルド人 国なき民族の年代記』 カスタマーレビュー 2017年8月30日】 情熱的読書人間のないしょ話(865)

散策中に、オキザリス・トライアングラリス(ムラサキノマイ)が薄紫色の花を咲かせているのを見かけました。葉を繁らせたソテツがすっくと立っています。因みに、本日の歩数は10,048でした。

閑話休題、『クルド人 国なき民族の年代記――老作家と息子が生きた時代』(福島利之著、岩波書店)によって、クルド民族の歴史と現況を理解することができました。

「戦火の絶えない中東の山岳地帯に、『自分たちの国を樹立したい』という情熱にかられた民族がいる。クルド人と呼ばれる人たちだ。クルド人が主に住むのは、トルコ南東部からイラク北部、シリア北東部、イラン北西部にまたがる国境が複雑に交わる山岳地帯。その一帯は、『クルディスタン』と呼ばれる。広さは、52万平方キロメートルに及び、フランス国土に匹敵する。クルド人は、固有の風習や文化、歴史、独自の言語を持ち、『民族』とされるだけの要件を十分に満たしている。推定人口は、3000万人ほど。中東では人口3100万人の石油大国サウジアラビアとほぼ同じで、民族の規模からすると、中東では、アラブ人、トルコ人、ペルシャ人に次ぐ人口を抱える。クルド人は、決して少数民族ではない。それなのに、クルド人は、これまでの歴史で自らの国を持ったことがない。『国を持たない最大の民族』――。時にそんな皮肉を込めた呼ばれ方もする」。

「クルド人は自らの国を持てないまま、それぞれの国で、時代ごとに強権的な政権や独裁者に民族の誇りを汚され、抑圧されてきた。自らの国の樹立を主張し始めた瞬間、武力でつぶされ、手ひどい仕打ちを受ける歴史を繰り返してきた。独立や権利拡大を巡り、おびただしい血が流されたことから、『悲劇の民族』とも呼ばれる。独立し、自らの国を持つこと――。それこそが、クルド人たちにとっての長年の悲願であり、苦しい抑圧からの解放を意味した」。

「『イスラム国』が『国家』を樹立した際、無効を宣言したのが、現在のイラクやシリアの国境線の下地となった『サイクス・ピコ協定』だった。サイクス・ピコ協定は、1916年5月16日に英国とフランスがロシアを交えて、第一次世界大戦後のオスマン帝国の分割を決めた秘密協定で、原案を作った英国の中東専門家マーク・サイクスとフランスの外交官ジョルジュ・ピコの名を取って名付けられた。『イスラム国』は、イラクとシリアの国境について、『西欧が勝手に線を引いて国を分割した』として否定した上で、『国境線は破壊した』と宣言した。19世紀末以降、自治や独立を求めておびただしい血を流してきたクルド人にとって、『イスラム国』がいとも簡単に『国家』を樹立したのは衝撃であり、皮肉だった。というのも、クルド人が国を持てない根源となったのが、このサイクス・ピコ協定だからだ。この協定が定めた国境線のちょうど境目に住み、国を持てずに暮らしてきたのが、クルド人だった」。

これほど強く望みながら、クルド人が自分たちの国家を持てないのは、なぜでしょうか。第1は、現在、クルド人たちが住んでいるトルコ、イラク、シリア、イランがそう簡単に自国の領土の一部を譲ってくれるわけがないという政治的理由です。第2は、クルド人同士が仲間割れをしていて、一つにまとまっていないという内部的な理由です。「(トルコの)PKK(クルド労働者党)とイラクのクルド政党は、『クルド人国家の樹立』という大義を共有するが、両者はしばしば対立する。その背景には、同じクルド人ながら、イラクとトルコという国に分かれて暮らしてきた言葉の違いや『国民性』の違いが根深くある」。さらに、イラクのクルド自治区の中でもKDP(クルド民主党)とPUK(クルド愛国同盟)が対立し、統一的な独立運動に影を落としているのです。第3は、広範囲に散らばるクルド人が共通の言語を持っていないというコミュニケーション上の問題です。全てのクルド人が相互理解を深めるには、意思疎通が可能となるクルド語の標準語の確立が必要なのです。

それでは、クルド人が自らの国を持つには、どうしたらいいのでしょうか。上記の3つの課題の解決が大前提となるでしょうが、「多くのクルド人の知識人層や政治家が思い描く戦略は、まずイラク北部のクルド自治区を国家として独立させ、『小クルド国』を樹立する。その上で、シリアやイランのクルド人居住区を小クルド国に併合して、最後に最大の難関であるトルコのクルド人居住区を併合し、『大クルド国』を建設するというシナリオだ。もちろんそのシナリオにはいくつもの障壁があり、すんなり実現できる道筋は見えていない」。